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2012年7月エロパロ683: 【夏目】緑川ゆき作品でエロパロ【あかく】 (799) TOP カテ一覧 スレ一覧 Pink元 削除依頼

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【夏目】緑川ゆき作品でエロパロ【あかく】


1 :10/02/22 〜 最終レス :12/06/25
前スレ
夏目友人帳でエロパロ
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1222148643/

2 :
前スレ容量未確認投下でオーバーさせてしまいました…すみません
お詫びの次スレです
スレタイも独断で本当に申し訳ない
投下し直しておきます…

3 :
『遠い約束』
―その壱―
──お願いね、斑───
「また泣いているのか、夏目」
閉じた瞳は密な睫毛に隠され、涙はその隙間にぽつりと現れる。それは見る間につうと頬に流れては次々に零れ落ちていく。
「夏目。…おい、夏目」
短い手で肩を揺すると、目覚めた夏目がぼんやりと先生を見つめる。
「(レイコと同じ顔なのにこいつはどうしてこうも…)」
───ねえ、そこの妖さん、勝負しましょう。ふふ、決まってるじゃない、暇潰し───
どうしてこうも弱く儚げに見えるのかといつも思う。
「ああ、先生…」
「また泣きおって。冷たいだろうが」
「夢を見て……ごめん」
髪で顔を隠す様に俯く。
先生はふう、と息をはいた。
ふわ、と花の香りが深夜の部屋を満たす。
「まったくお前は世話のやける奴だな」
「…先生?」
「依代の姿ではお前に届かんからな、特別だ」
後で礼をしろよ、そう言って先生は人を模した腕で夏目を抱きしめてやる。
「…何でレイコさんなんだ?」
「そうか、中年が良かったか」
「いや、そうじゃなくて…以前もレイコさんだったから」
夏目の無垢な疑問に先生が答えてやる気になったのはどうしてだろうか。
「少し、昔話に付き合え夏目」
「話?」
「レイコの話さ」

4 :
―その弐―
春だったな。森の奥に蓮華草が一面に咲く野原があって──ちょうど川沿いの道によく似た場所だ──私はそこでいつも昼寝をしておった。
「ねえ、斑にお願いがあるんだけれど」
鈴のような声に似合わず、ぶっきらぼうな調子で話しかけてきたのはレイコ。
その頃はすでに挑まれた勝負を断っていたから、まあお互いに気が向けば暇潰しに付き合ってやる様な間柄だった。
「勝負ならせんぞ」
「つれないわねえ、あなたは」
面白そうに笑うレイコは蓮華など霞む程美しかった。妖は美しいものを好むから、恐れられつつも慕われていたのさ。まあ、それだけが理由ではないだろうが。
「人の相手は面倒なんだ」
「へえ、じゃあこのお願いも面倒かしら。私を抱いて?」
見ればレイコは普段通りの薄笑いを浮かべて、その余りにもさっぱりとした物言いに私は呆れたよ。
「…何の冗談だ」
「大真面目よ」
「もっと質が悪い」
「いいの?駄目なの?今決めて頂戴」
「お前な…人が妖に抱いてくれと頼むのは喰ってくれと言うと同じだぞ」
「構わないわ。私は斑が良いの。嫌いな人より好きな妖の方がずっといいじゃない」
人も妖も嫌うレイコが理由もなく口にする事とも思えなくてな、私は試しに聞いてみた。
「……何があった」
「何も。いつもと同じよ。お腹が空いたら食べてもいいわ」
「本気か」
「もちろん」
にこにこと屈託なくレイコは笑って、後ろ手に隠していた物をばっと放り上げた。
ちぎられた蓮華の花がレイコと私にはらはらと散りかかって夢のようだったよ。
「ふふ、お礼よ。あなた花が似合うわ、斑」
「くだらん。何の得にもならんな」
私はそう言って昼寝を続けようとしたが、レイコは諦めない。
「そうね、なら抱いてくれたら約束してあげる」
「約束だと?」
「ええ、何を約束するかは斑が決めていいわ。どう?悪くない取引でしょう?」
レイコが私の鼻先を撫でると、ちぎった花の香とレイコの匂いが何とも言えぬ甘さになって白い指先から漂ってきた。
「…友人帳でも、構わないわよ」
今にして思えばくだらんことかもしれん。ただな、あの時のレイコは、本当のレイコを深く沈めていつも通りの「ふり」をしている様に見えて──そこから掬い上げてやりたくなったのさ。私の独りよがりと言えばそれまでだがな。
「友人帳はいらん。……約束とやらに興味が湧いた」
「じゃあ、お願い聞いてくれるのね」
「…どんな男がいい」
私の問いにレイコはああそうか、と合点のいった顔をする。
「斑のままじゃ駄目なのか。…なんでもいいわよ」
「お前は本当に…」
ため息が出たよ。娘にとっての初めての男だぞ、それをあいつは「なんでもいい」だ。
見た目が良いのに越したことはないだろうと、結果、顔はレイコで体は昔に見たどこだかの跡取り息子を模して化けた。
思えば──お前そっくりなのが出来たな。

5 :
―その参―
「なあに、それ。私と同じ顔じゃない」
興味深げにレイコは私の顔を覗き込む姿が珍しく隙だらけだった。だからそのまま抱きすくめたら、レイコの白い頬は見たこともないくらい朱に染まってな。
「可愛いところもあるじゃないか」
「なによ、斑のくせに」
強がっても体は微かに震えていて、それが何故か──そうだな、わかっていたよ。私はレイコがいとおしかったんだ。
「ここからは艶っぽい話になるが、聞くか?」
「ああ。…レイコさんの話だから」
真摯に答える夏目をちらりと見やり先生はまた過去を語る。
服を脱がしてやりたかったが生憎どこをどうするかわからなくてな、手間取っていたら立ち上がったレイコは自分で脱ぎ始めた。
これがまたらしくて、何の躊躇いもなく一気に全裸さ。
草の緑と蓮華の紅とレイコの透き通った白い裸体と、その凄まじい様な情景は今でもはっきりと浮かぶよ。
「少しは恥じらえ」
苦笑する私にレイコはさらりと返す。
「どうせ脱ぐのに勿体ぶってても仕方ないわ」
「情緒のない奴だ」
「あら、斑は人を食べる時にいちいち情緒とやらを気にするの?」
「…一糸纏わぬ姿で憎まれ口とは気の強い」
小憎らしいレイコを私は草の上に押し倒し、唇をふさいでやった。
そのあたたかさと甘美な匂い──強い妖力のせいかもしれんが──に頭の芯が麻痺する思いだった。
舌を絡めてやると物怖じすることなく返してくるのがまたレイコらしくてな。
とろりとしたその唾液は美味で、私は貪るように吸ったよ。
息苦しさで離れるとレイコも息を弾ませていた。ほんのりと薄紅色に上気した肌が美しかった。
「気持ち、いいのね」
「そうか」
次は白く滑らかな乳房を吸った。
「あんっ」
軽く舌先でつつくだけでもレイコは声をあげてな、人の娘とは随分感度が良いものだと思った。
お前もそう思うだろう?──どうした、顔が赤いぞ。
左の指先で右の乳房の先端を摘み、円を描く様に撫でる。口に含んだもう片方は唇と舌で挟んでゆっくりと転がすと、すべての動きに反応してレイコの体が震えた。
「あ…あっ…」
普段の勝ち気な声からは想像がつかない切なげな喘ぎと、目をつぶり陶器に似た頤を逸らして快感に悶える姿はなんとも艶めかしかった。
あれを妖艶と言うんだろうな。
左手はそのまま愛撫を続けて、右手でつるつると滑らかな手触りのレイコの片足を持ち上げ、爪先からゆっくりと舌で舐めていった。
きめ細かな肌に陽の光が反射するのがやけに蠱惑的でな。

6 :
―その四―
「な…にするの…斑」
「いくらお前でも準備が必要だろう」
両足を押し広げ、『人』も触れたことのないであろう秘所を露にすると、レイコが軽く首を振りいやいやをした。さらさらとした髪が草と蓮華の上に乱れ散る。
「嫌なら止めるか?」
「……いいえ、続けて」
腕は頭の横に投げ出し、顔は私から背けたままでレイコは答えた。
柔らかい茂みに舌を沿わせ、襞の間にそっと差し入れる。
「ひあっ」
レイコが悲鳴を上げた。
しっとりと濡れ始めていたそこは柔らかく、レイコの百合の花の様な甘い匂いが一層強く満ちていた。
舌をゆっくり上下に動かしとろりと濃い蜜を舐めとると、またじわりと溢れ出してくる。
たっぷりと濡れた襞の隙間まで丁寧に舌を這わせ、小さな突起を唇の先で含んで突くように転がした。
「は…っあ……」
悲鳴は徐々に喘ぎに変わって、私の舌の動きに合わせてレイコの体もそこもひくひくと震える。
「あっ…はあっ…んっ…」
舌を奥まで差し込むとちゅぷ、と音を立てて更に粘度を増した液体が流れ、レイコの喘ぎは絶え間なく続いた。
「そろそろ、良いな」
濡れた唇を舐め私が言うと、レイコは一瞬体を硬くする。しっかりと抱いてやると薄らと汗ばんだ肌と肌が合わさり、柔らかな乳房は吸いつくようだった。
「恐いか」
抱いたまま、乱れてなお艶やかな髪を撫でてやる。
「…斑だから平気」
「随分と嬉しいことを言ってくれる」
快感に肩で息をしつつも気丈なさまが可愛らしくてな、軽く口づけた。
既に固くなっていた自身を支え、ゆっくりとレイコの中に挿入る。時間をかけて解しておいたせいか、思ったより抵抗はないが、レイコは痛みをこらえ美麗な顔を歪ませる。
「辛いな、少しの辛抱だ」
声も出せずに微かに頷くのが今にも消えてしまいそうに儚げで、知らず知らず抱く腕に力がこもったよ。
ゆっくりと、少しずつ動くとレイコの中も馴染み始め、苦しげな表情が緩んできた。鮮やかな紅唇からは吐息が漏れる。
「は…っ……あっ」
「可愛いな、レイコ。人にしておくのは勿体ない」
お前は本当に美しい、そう囁く私を潤んだ瞳で見つめてくる。長い睫毛を雨露の様な涙が飾って、淡い色の瞳が空の蒼を映してな、それはそれは綺麗だった。
動きを早めるとレイコの吐息は甘やかな喘ぎに変わった。
「あんっ…んっ…」
抜けるように白い肌が内側から桜色に染まっていくのをずっと眺めていたかったが、初めての娘にそれも酷だろう。
「レイコ、終いだ」
「は……斑っ…斑…」
くずおれそうになる華奢な体を支え、私はレイコの中で果てた。

7 :
―その伍―
そのまま眠ったレイコは日暮れの頃に目を覚まして、妖の姿に戻っていた私の鼻先を撫でた。
「女の子を裸のままにしておいて、先に戻るなんてずるいわ」
「喰われなかったのを感謝しろ」
寒いだろうと包んでやっていた優しい私に向かってその言い草だ、本当にあいつはひどい娘だろう。
頬を染めてくすくすと満足そうに笑って服を着終えると、レイコは私の顔に両手を添えて囁いた。
「約束、忘れないでね」
夕陽をたたえて煌めく瞳で私をじっと見つめ、花開くように微笑むと身を翻し手を振って走っていった。
「じゃあ、またね斑」
「…本当に勝手な奴だ」
私は後ろ姿を見送りながら思ったよ。
レイコがぱたりと来なくなるまで、それから何度逢っただろうな。
レイコがあんな様子だったのは後にも先にも一度きりだった。何があったのかは今でもわからんよ。
「これで昔話は終わりだ」
先生はふう、とひとつ息を吐く。夜のしんと冷えた空気が心地よい。
「約束はどうなったんだ?」
「さてな、忘れたよ」
じっと組んだ膝の上に視線を落としていた夏目が、静かに言った。
「先生は……」
続く言葉は言わずとも二人には通じる。
「……レイコに似る理由さ」
「…そうか」
夏目は下を向いたままだ。微かに震えるその背を先生はもう一度しっかりと抱き寄せた。
今となっては行く先も無いが、レイコに話したら何と言うだろうか。
──らしくないわね、斑。ちょっと感傷的過ぎるわよ──
ああ、その通りだな。でもお前に似たこれに話してやりたくなったのだ。私しか知らない夏目レイコの思い出をな。
──へえ、物好きね──
長く生きるとそんな気分にもなるのさ。この頼りない人の子の傍らにいると余計にな。
──そう、約束だものね。斑。
夜の中から、レイコの声が聞こえた気がして、私は耳を澄ました。
──お願いよ。

8 :
終わりです
本当にすみませんでした
また来ます

9 :
二度と来るな。

10 :
斑「夏目は俺の孫」
夏目「な、なんだってー!!」

11 :
職人さん乙です
謎が謎を呼んだまま終わってしまったのですか
まぁそれが友人帳らしいのかもしれませんな
この感じだと男同士の猥談どまり、まだ展開できる良い内容なのに惜しい
折角なんで続きがあるなら、この後夏目がXX言い出すとかヒノエが来ちゃうとかが有ると嬉しいのぅ

12 :
>>8
二度と来ないで

13 :
>>12




^^

14 :
>>1
前スレに投下してくださった職人さん達が一番の被害者だよ・・・

15 :
スレ汚し失礼します
職人の皆さん、住人の皆さんにご迷惑おかけして申し訳ありません
読んで下さった方もごめんなさい
皆さんとスレの害になったこと心から反省して消えます
お世話になりありがとうございました

16 :
そういうこと書いちゃうと
叩けば追い出せるんだと、荒らしや一部の職人叩きの連中に思わせちゃうから
書くべき必要はないんだけどね
黙って消えればよし

17 :
>>15
今回は二三人が面白がって書いてるだけだから気にしなくていいかと
俺はSS書いたら、半分は変なファンが現れるものと思ってる
それより全レスにヤキモキせず、時々自分の書きたいものを投下しとくれ

18 :
レイコかぁ、謎の多い存在だな

19 :
審議中
    ∧,,∧  ∧,,∧
 ∧ (´・ω・) (・ω・`) ∧∧
( ´・ω) U) ( つと ノ(ω・` )
| U (  ´・) (・`  ) と ノ
 u-u (l    ) (   ノu-u
     `u-u'. `u-u'

20 :
 カタカタ ∧__∧ 
     ( 目  )  >>1さん、乙です。
   _| ̄ ̄||_)_   
 /旦|――||// /|
 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ̄| . |
 |_____|三|/

21 :
夏目友人帳でエロパロ wiki
ttp://www12.atwiki.jp/natsume_e/pages/1.html

22 :
wikiの更新がかなり前で停まっていたので、できる限り追加しておきます。

23 :
>>22
お忙しい中お疲れ様です。よろしくお願いします

24 :
>>22
俺このwikiの管理者じゃないよ
てか、とりあえずSSは追加しまくるので後からwiki詳しい人手直しヨロ。
自分wiki編集初心者なんで。
AAは上手く移せないっす orz

25 :
やっつけ作業だが前スレの作品(と思われるレス)をwikiに保管しておきました。
落ちる直前までの作品はすべてあると思います。
初心者が編集したんで気になるところや、リンク、メニューは各々で手直しねがいます。

26 :
復活したね
>>25さんありがとう

27 :
ごくろうさんです

28 :
>>15
ぶっちゃけここ立った経緯のある
SS書きの控え室103号室
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1266037680/
このスレから愉快犯でやってるだけだろうから気にしなくていいかと

29 :
>>15
オマイさんの活躍でワシは書く気になったのにのぅ
ほれ、戻ってきぃや

30 :
どちらの人でもいいから投下しる

31 :
>>2>>1?さんって前スレ終盤で夏タキの魅力的な作品を大量投下してくれた人だよね、
愉快犯の口車になんか乗らないでまた沢山素敵な作品書いて欲しいです。
まだ夏タキの続き読みたいし、ホワイトデーのイベントだってあるのに辞めちゃうのはもったいなすぎるよ。

32 :
保守がわりに
>>3-7の続きです
『遠い約束・続』
抱きしめた夏目の肩はまだ小さく震えていて、先生はその背中を宥めるようにそっと撫でてやる。
あの時、追及すればレイコは話しただろうか。それを自ら避けたのはただ聞きたくなかったからだと、今になって先生は気づく。
そう、今更。
「詮無いことだ」
自分に言い聞かせる様に呟くと、夏目が袖で顔をこすりながら鼻声で礼を言った。
「…有り難う、先生」
「何がだ」
「嬉しいんだ。先生がレイコさんの傍にいて、それを大切に憶えていてくれたことが。とても嬉しかったんだ」
すすり上げながら微笑む目元が赤い。
「慣れるより忘れる方が難しいだけだ。私は……瞬きほどの短い間でもレイコに出会えて楽しかったのさ」
彼女の短い生と先生の時がつかの間重なったのは偶然か必然か──それが運命とよばれるのなら、人と妖、その異質なものの間にも運命は存在するのだろう。
ならば、時を隔ててなお人から妖へ、妖から人へと想いも届くだろうか。
「レイコは何を大層なと笑うだろうがな」
あいつは素直じゃないんだ、と先生は苦笑する。
「泣いてなどいたら鼻で笑われた挙げ句、沼辺りに蹴り落とされるぞ」
「…私の孫が情けないわね、ってかな」
「そうさ。しかも棒やなんかで突かれて沈んで、泣くのを忘れるまで上がれん。そういう奴だ」
レイコの優しさは少々たちが悪いんだ、と先生は冗談みたいに口にする。
夏目の泣き笑いも苦笑に変わった。
レイコに瓜二つでも、夏目は彼女がしなかった顔をする。余計なことにわざわざ首を突っ込んでは巻き込まれる。人の為に喜び、妖の為に泣く。誰も傷ついて欲しくないからと自分が傷つく。
だから傍にいるのだ。
彼女と同じく、優しく不器用な人の子の時を見届ける為に。強かった彼女の、揺らいでばかりで頼りない孫の傍らにいよう。
「優しいな、先生も」
──優しいのね、斑──
二つの声が重なる。人の子、お前達の方がずっと優しいよ。

33 :
「…今夜は良い月だな」
窓からのぞく月を見上げた先生はす、と振り向く。
記憶で形作られた娘の、さらさらと長い髪は月光を反射して銀色に煌めき、夏目を見つめる瞳も同じ月の色を映す。
「先生?」
「…礼を貰うか」
差し伸べた指で夏目の頬にそっと触れるとほんのりとあたたかい。
その意味を悟って夏目が穏やかに笑んだ。
「……また、前みたいになるのか?」
「素面だからな、このままだ」
「ええ?それって問題じゃないか」
「うるさい」
向かい合って戯れてはくすくすと笑う。
「夏目」
頬を撫でていた指をするりと滑らせ、夏目の首筋に両腕を絡めて身を預けると夏目はしっかり抱き留め、甘い香りの髪に顔を埋めた。先生を真似るようにゆっくりと背中を撫でる。
「先生、って呼ぶのはおかしいだろうか」
「構わんさ」
今はレイコでも斑でもないのだから、好きに呼べばいい。夏目の呼ぶ名が今の名になる。
「先生」
額と額を触れ合ってお互いをみつめた。まるで合わせ鏡の様に同じ顔。
先生は夏目に口づける。
始めはそっと合わせるだけで、互いの体温を感じるよう静かに長く。
どちらからともなく唇をついばみ、吸い、前歯の先端に舌を沿わせ、徐々に口づけは濃厚に変わる。滲む唾液を交ぜて舌を擦り合うと苦しさと心地好さで息が弾んだ。
夏目がさらに舌を絡めようとするのを遮り、思うままに唾液を舐めとる。
甘い。
それは、記憶の中の彼女を呼び起こす甘さ。
──ふふ、お礼よ──
──綺麗ね、斑。この花よりあなたの方がずっと綺麗──
「先生」
気づくと、蘇った声に誘われいつの間にか唇を離していた。夏目の双眸が正面から先生を見つめている。
「先生、いいんだ。忘れる方が難しいんだろう?だから…いいよ」
構わないから、とも気にするな、とも夏目は言わなかった。ただ優しく、芯に強さの光を秘めた瞳でじっと見ている。
「今は先生がいいんだ。…おれが」
お前という奴は本当に、そう呟いた言葉は聞こえなかっただろう。
今夜は。今夜だけはお前達人の優しさに甘えさせて貰おう。
忘れていない彼女を、思い出す夜にさせて貰おう。
すまないな、夏目。詫びる言葉は却って気持ちを踏み躙るだけに思えて飲み込んだ。
それでも──お前は代わりではないよ夏目。勝手な言い草だが、ただ温もりを借りるだけにしたいのだ。
もう一度口づける。ここに、体が、想いが在るのを確かめるように強く。

34 :
「は…」
体を離してつかの間見つめあった。
夏目が先生のスカーフをするりと解き、また唇を重ねた。今度は深く。
「…結ばないでくれよ」
「しないさ」
上衣の裾に手をかけ、両手を上げた先生の腰を横抱きにして脱がせると、露になった白い胸が体の動きに合わせて揺れる。はらはらと流れた髪の間から二つの隆起がのぞく。
スカートのファスナーを下ろし片足ずつ引き出す間も先生はされるがままだ。
夏目は上半身だけ裸になり、全裸の先生を優しく抱いて膝に乗せる。お互いの体温と鼓動を確かめるようにぴったりと肌を寄せ抱き合った。
温もりも心もこうして伝わるんだな、と夏目はそれを教えてくれた少女のことを少し想う。
自分にも伝えられるのだろうかと先生の頬をなぞり、髪にキスし、白く滑らかで華奢な肩を撫でた。とても真摯に、少女がしてくれた様に触れた。
柔らかな胸の先端を口に含みころころと舌先で転がし、軽く吸う。
「ん…」
艶麗で熟れた様な唇から吐息が漏れる。
細く華奢な腰に腕を回し、夏目はその舌触りを貪る。空いた方の手でゆっくりと乳房の感触を愉しみ、指の腹で軽く挟んだまま円を描くとぴくんと先生の体が震えた。それをきっかけに先端に指を宛てると、捏ねて摘んでくりくりと回す。
舌で指で触れているのは胸なのに、太ももの上で開かれた脚と腰が反応する。
乳房の稜線を下になぞり、滑らかな脇腹と脚の付け根をゆっくり経由して、焦らしたそこに到達した。
溢れた蜜を垂らして微かにひくつく襞にそっと指を差し入れる。ちゅくちゅくと淫らな音とともに蜜が流れ、指を絡めとろうと中が蠢く。
「…い、つの間に…やら手慣れた…な」
俯き加減で切なげに息を弾ませ、下肢を震わせる先生の声が甘く悦びを含んでいた。
答えずにぷくりとした突起に粘液に濡れた親指を滑らせ、上下にと撫でるとそこは一層膨れる。両肩に置かれた手に力が込められ、浮き上がりそうになる先生の腰を背に回した腕を下ろして押さえる。
差し入れた指で熱をもった内奥を探り、親指はそのまま何度も突起を嬲ると熱い蜜が手のひらを伝い零れた。
「んっ……ああっ」
こらえきれず白い喉を曝すように反らして先生が声をあげた。少し驚いて夏目が手を止めると、その手首を掴まれ押し倒される。
長い髪が裸の胸をくすぐり、甘い花の香りが漂った。下から見上げる先生の顔は、とろけるような瞳と上気した頬に妖艶な笑みを浮かべていた。
視線をずらせば白い乳房の中心に、自分が愛撫した為に濡れて固く尖った淡紅色の頂きが見える。

35 :
「されるがままでは……もったいない」
先生は夏目の細い首筋から鎖骨の窪みまで丁寧に舌を這わせた。
体を震わせ、息をはいたところを狙ってまた唇を奪う。
項に腕が回り、唇を重ねたまま屹ち上がったものを宛がおうとする夏目の手にそっと手を添え、動きを押し留めた。
唇を離すと不思議そうな顔をしている。それが幼い子どもの様で無闇にいとおしくなり、先生は微笑んだ。
つ、と鳩尾をなぞって降りた両手で夏目のそれを支える。先端をちろりと舐めると夏目が声をあげた。
「…っ!先生っ」
「嫌か?」
指先で突くと透明な液体でつるつる滑り、その刺激に反応した夏目は身を捩る。
「いや、だって…」
「嫌じゃないなら構わんだろう」
「…その」
躊躇う様子についいつもの調子で返すと夏目が怯んだ。先生は心の中で苦笑する。
「私がしたいだけなんだ、お前が私に気を遣うな、夏目。嫌なら嫌、でいい」
「…嫌じゃないけれど」
恥ずかしい、と呟く姿がまた初な娘のようで微笑ましいやら情けないやら。
「妖に人の精気はこの上ないご馳走だ。礼に奢ったと思えばいいさ」
力を抜け、と髪を掻き分け安心させるように額と瞼に口づける。夏目がくすぐったそうに目を閉じるのを確認して唇から首筋、鎖骨、薄い胸、と舐めつつ股間へ降りていく。
まだ屹立していたものを指を絡めて掴むと、夏目が僅かに腰を揺らして上半身を起こす。
軽く開いた唇で挟みこむようにして口に含むとちゅぷ、とくぐもった水音がした。先端をちろちろと舐め、唾液を舌で塗りつけながら吸い上げる。ちゅく、ちゅくと浅く上下しただけで夏目の体はびくんと反応する。
反り返った裏側の筋に沿ってゆっくりと舌を這わせ、また先端に戻って窄めた口と舌先で小刻みに吸う。
流れて落ちる粘液を包むように形作った手のひらで擦りつけ、口の動きに合わせて上下に扱いた。
「…っん」
夏目自身をくわえたまま上目遣いに見ると、握った右手の甲で口元を押さえ目を閉じて眉間に皺を寄せている。既に限界なのかもしれない。
ちゅぱ、と口を外すと顎にまで唾液が滴りそうになるのを舐めとって、先生は言った。
「我慢するな、飲んでやるから」
「な…の、飲む、って」
夏目が目を見開く。初なのかそうでもないのかわからん奴だ。
「そういうものなんだ」

36 :
くぷと柔らかい唇の間にまた夏目の自身は飲み込まれる。途端に襲う快感に体が震えた。
目をやった先、夏目の両足の間では髪が顔にかかるのも構わず、先生が屈み込んでいる。
自分と同じ顔、その紅い唇が艶々と濡れて蠢く官能的なさまに、また下半身が屹ち上がった。
口の中はぬるぬるとして温い舌がねっとりと絡みつき、唇を窄め吸って締めつけられては解放され、形に沿って根元から舐め上げられると気持ち好さに声も出ない。
喉の奥深くまで押しつけられ、狭く締まる粘膜がまとわりついたと思えばじゅるじゅると音を立ててひき上げられる。
キスをする様に先を吸われ、唾液でたっぷりと濡れた口の中に深くくわえ込まれ、唇も白い指先も激しく動いてそこを扱く。
すぐに限界は訪れ、放たれた精気は先生の喉に飲み込まれていった。
口の回りから手のひら、夏目の先端まで一滴残らず紅く卑猥な舌に舐めとられる。最後に唇を人差し指で拭う仕草も妖しく美しい。
「美味だったぞ」
「じゃあ次は…おれの番だな」
肩を引き寄せ抱きしめる。
「…無理せんでいいぞ、疲れてしまう」
夏目の体を労り、かつ夏目と少女の気持ちを慮っての言葉だろう。
ほらやっぱり先生も優しい、レイコさんのこと言えないじゃないかと夏目は思った。
「平気だ」
そっと押し倒してもう何度目かわからないキスをする。まだ屹ったままのものを片手で支え、空いた手で投げ出された手を握ろうとしたらするりと逃げられ、肩に誘導された。
何故、と見るとそれは少女にとっておけ、と言われ、その気遣いに夏目は返す言葉もない。
ならせめてこの妖に、レイコさんに及ばずとも温もりを伝えたい。自分に出来ることはそれくらいしかない。
そっと中に挿入る。夏目の愛撫から時間が経っていたがまだ中は十分に濡れていて、襞が不規則にひくつきながら絡んでくる。
少し動いただけで蜜は量を増し、繋がった部分から湿った音が響く。
先生が喘いだ。動きを早めると、ぬるぬると滑る中で時折きゅっと締めつけられる感覚が増える。
掬う様にして先生の体をまた抱きしめ、顔に貼りついて乱れた髪を耳にかけてやり背に流し指で梳いて、撫でた。何度も。
夏目は、貰ったあたたかさを伝えたかった。

37 :
痺れるように続く快感と浅い呼吸の中、繋がったまま抱きしめられ髪を撫でられて、先生は気づいた。
これは──あの時、自分がレイコにしたことだ。
ただ彼女がいとおしくて抱きしめ、辛さを和らげてやりたくて髪を撫でた。
同じことを夏目は何も知らずに自分にしている。
その髪を撫でる手から、抱きしめられた腕から、密着した胸から、一つになった部分から、伝わってくるものがある。
あたたかいそれは、彼女と同じ温もり。
ああ、そうか。
傍らにいてやるのではないのだな。共に傍にいるのだ。
わかったよ、レイコ。夏目。
知らぬ間に閉じていた瞳を開くと途端に快感が押し寄せ、先生は絶え間なく喘ぐ。胸に直接感じる夏目の鼓動も耳朶にかかる息も荒い。
「…夏目、」
嬉しいでもない。有り難うでも足りない。その言葉にならない言葉は、想いとなってこのひたむきな人の子に届くだろうか。
「夏目」
先生は一層強く抱きしめられた腕の中で、夏目が果てるのを感じた。
「…眠ったか」
膝の上に片頬を預けて、夏目は安心したように静かな寝息をたてている。その寝顔にレイコの面影は見えない。
同じ顔でもやはりこの二人は違うのだ。
ふと、涼やかな風に前髪が揺らぎ先生は窓辺に首を巡らすが、カーテンはそよとも動いていない。
目を戻すと膝の上の夏目の髪がすっと撫でつけられた。一度、二度。眠ったままの夏目が微かにくすぐったそうな顔になる。
「……いるのか?」
妖の気配はない。軽やかな笑い声が小さく響く。
──私の言った通りね、斑。
「顔くらい見せたらどうだ」
返事は無い。
「…レイコ?」
夜の帳から鈴の様な声が流れ出て、先生の耳元をそっと通りすぎた。
──ありがとう。
夏目の髪にいつの間にか花が一輪指してある。
薄闇の中で淡くゆったりと薫るそれは、桔梗。

38 :
思い出したのは封じられる数日前の情景だ。
秋も終わりかけの空は高く澄んで、ひんやりとし始めた風が敷き詰められた落ち葉をさらっていく。
かさかさ、と柔らかな絨毯を踏む音が日向を探して微睡んでいた私に近づいてくる。
普段なら藪から飛び出して来たり、木から突然昼寝中の背に飛び降りたりと唐突に現れるレイコが、その日はどういう訳か野の花など抱えのんびりと歩いて来た。
まだ暑い頃から暫く姿を見かけずにいたが、夏風邪にでもかかったかとさして気にも留めなかったのだ。人との間で何かあれば大概森に隠れ、ついでに妖をからかっていく様な奴だったから。
「こんにちは、斑」
「…久しぶりだとお前でも殊勝げに見えるものだな、レイコ」
そう、と微笑った頬にいくらか陰がある。顔が埋もれる程抱えていた野の花を一度に空へと放った。ぱらぱらと散るのは錦の花弁。野菊、萩、女郎花、桔梗に梅鉢草。
「はい、おみやげ」
「…みやげというならせめて束ねて渡せ」
「細かいわねえ。この方が花飾りみたいで綺麗じゃない。…綺麗ね、斑」
レイコは足元に落ちた桔梗を髪に指し、私の体に一輪ずつ花を飾ると指先から服から移り香が漂う。横目で見た肩が薄く、元から華奢だった体が一回り小さくなったようだった。
「この花よりあなたの方がずっと綺麗」
「当然だな。それより…考えてきたか」
「まだよ。結構難しいんだもの」
そう答えるとずり落ちるように私に寄りかかって座った。髪からも匂う花の香りの中に、僅かに嗅ぎ慣れないものを感じた気がして身を引く。
それがしばらく姿を見せなかった理由に思えたが、首を突っ込むのも躊躇われて開きかけた口を閉じた。
レイコはそんな私に構わず問いかける。
「ねえ。あの時どうして食べなかったの?」
「さあな…気紛れだ」
「そう。……やっぱり人も妖も同じね」
「何だ、藪から棒に」
「難しくて好きになれないってこと」
「ほう、何を今更。どうした、好きな奴でも出来たか?」
まさか。くすくすと笑うレイコは拾った落ち葉を指先で摘んで回している。ひらひら、くるくると紅葉の紅がひらめく。
しばらくお互いに黙ったままで、少しずつ陰っていく陽を眺めていた。寄りかかられ接触している一部分だけがじんわりと温かい。
私もレイコも、今日、こうするためだけにここに来たような気がした。
そうして私の体が日向から追いやられた頃、レイコが口を開いた。
「私、妖達の名を集め過ぎちゃったみたいなんだけれど」
「…いびり過ぎたの間違いだろう」
何を無邪気に、そう返すとレイコは心底楽しそうに笑った。
「ふふ、呼びきれないし返すのももったいないわよねえ」
「ふん、なら誰かにやればよかろう。妖は皆我先にと欲しがるぞ」
「そうね、誰がいいかしら。斑、いる?」
私はため息をついた。まだこいつは勝負するつもりなのか。もうお前に私の名は必要ないだろうに。
「勝負にはのらんぞ。妖が嫌なら…お前の子どもか孫にでもやったらどうだ」
残念、レイコは落ち葉に後ろ手をついて大げさに暮れかけた空を仰ぐ。何故か嬉しそうな顔だった。
「騙されないか、斑は。そうね……素敵なことを考えついたみたいよ私。二日待って頂戴」
突然服の落ち葉を払って立ち上がると、綺麗な声で歌うように言った。
「またね、斑」
さくさくと落ち葉を踏む軽い足音が少しずつ遠ざかっていく。私は何も言わず見送った。
わかってしまったからだ。
レイコがした事の意味が。先程自分が身を引いた訳が。
そしておそらく──もう彼女にもどうしようもない事なのだと。

39 :
翌朝、目覚めた夏目は傍らに座る昨夜の姿のままの先生を見上げた。
「先生。おれ、夢でレイコさんに会ったよ」
「そうか」
「妖達に名を返してもいいのか聞いたんだ…レイコさんの大切な友人達だろうって」
先生が夏目の髪に手を伸ばしをゆっくりと撫でる。いとおしげに、静かに。
「レイコさん、笑ってたよ。それから、先生みたいに撫でてくれた。友人帳はもう夏目貴志のもので、そこに名のある妖達は貴方の友人なのだから、思うように使えばいいって」
「友人帳を遺してくれて有り難うって言ったら、良かったわ、斑がいるなら大丈夫よって。ずっと撫でてくれたんだ。夢なのに…すごく、暖かかった」
一気に喋った夏目は息をつき、しばらく逡巡するように瞳を揺らしてからぽつり、と問う。
「…レイコさんは先生が好きだったのかな」
「さあな」
先生はまだ髪を撫でてやりながら素っ気なく返す。夏目が彼女の想いを知る必要は、まだないのだ。
「約束、思い出したら言ってくれ。おれが代わりに出来ることならするから」
問いかけに手を離した先生は呆れた表情を浮かべ、軽く髪をかきあげる。
はあ、と大仰なため息をついてから夏目は思いっきりはたかれた。
「それを酔狂と言うのだ、阿呆が。人が妖に情けをかけてどうする。逆もまた然り、まったく何度言えば解るんだお前は」
「はは…ごめん。でも、でもさ先生。おれ…レイコさんの」
続けようとした言葉は先生の唇で遮られた。頤に指がかかり仰向いたところを掬うように重ねられる。
「お前を代わりにした覚えなど一度もないぞ」
離した唇を軽く舐めた先生は、少しは自分を大事にしてみろ、とまたため息をついた。
「それに…約束はもう果たされているさ」
──だって、私の──
「何のつもりだ、これは」
体の要所に貼りついた紙切れで身動きのとれない私の目の前には、荒縄を携え札をくわえたレイコが立っている。今にも雨粒が落ちてきそうで辺りは暗く、風になぶられる長い髪と紅い唇がいやに目についた。
「約束を果たしに来たの」
「約束だと?…お前、友人帳はどうした」
「結界を張って隠したわ。私にはもう使えないから」
「どういうことだ」
「私ね、あの時斑に食べて欲しかったの。本当よ?でもあなた食べないんだもの」
レイコが困ったように笑う。その間も私の足元に描かれた図形が拡がっていく。
「私を…封じる気か」
「お願いね、斑。まもって欲しいものがあるの。いっそ私が妖だったら良かったのだけれど……でもあなたがいれば大丈夫だわ。きっとさみしくない」
「レイコ、待て。何を言っているんだ」
「その子がいいといったら友人帳はあなたにあげる。きっと逢えるわ、だから」
ざあっ。一段と強い風がとうとう雨を呼んできた。ぽつりと落ち始めた雨粒は瞬く間に土砂降りに変わり、殆ど葉の残っていない木々と地面、私の純白の毛並みを叩く。
数枚の呪符とスカートの裾が風に翻り、レイコは伸ばした指に挟んだ呪符に向かい、低い声で何事かを呟いてそして。
それはそれは綺麗に、大輪の花が開く様に笑った。
「ふふ、ごめんなさい。これが約束の『暇潰し』よ。きっと退屈する暇なんてないわ」
嵐を遮って足元から風が巻き起こる。体を包むまばゆい光の向こう側から、レイコの声が届いた。
「だって……私の孫だもの」

40 :
「貴志くーん、ごはんよー
「はーい」
布団を押し入れにあげながら夏目が返事をした。先生は丸くなっていたお気に入りの座布団から立ち上がり、ぽてぽてと障子戸に向かう。
「ん?…あれ?」
背後で襖を閉めた夏目が戸惑ったような声を出した。
「先生、あのさ。…もしかしてなんだが」
先生が首だけで振り返ると、足を止めたままの夏目の瞳に微かに怯んだ色が浮かんでいた。
「おれ……まさか先生の孫じゃないよな?」
「お前は本っ当にどん臭いな」
「なっ…」
はああああ、と先生は空気が抜けて風船みたいに真っ平らになりそうな勢いでため息をつく。わざとだ。
「阿呆が。それくらい匂いでわかるわ!お前のような軟弱者に私の血が流れているわけがなかろう。どうしてお前はそう単純なのだ。もういっぺん言ってやる、この阿呆!」
「純粋に疑問に思ったから聞いたのに、阿呆とはなんだ!」
「阿呆だから阿呆と言ったまでだこの阿呆!」
「くっ…原因は先生の説明が足りないからだろう…このエセニャンコ!」
「言うに事欠いてエセとはなんだ失敬な!それ位言われぬまでも悟れ!鈍感モヤシ!」
「どっ…鈍感?!言ったなデリカシーゼロニャンコ!」
普段通りに言い返している風に見えても、夏目はまだ揺らいでいる。その気持ちは解り過ぎる程に解った。
不安の理由、それは───自分は人外なのか。
いわれのない悪意を向けられ疎まれ続け、やっと見つけた居場所が一瞬で崩れる様に感じたことだろう。ただでさえ不安定な夏目の世界が、さらに不確かなものへと変化してしまうのだから。
「…案ずるな、情けない奴だ」
敢えて素っ気ない口調で先生は続けた。慰めてやらずとも、お前はもう大丈夫だろう。そんな想いを込める。
「レイコにだって好いた男はいたさ。名も顔も知らんがな。……先に言っておくがお前が気にすることではない。くよくよ悩まれると鬱陶しくてならん」
「…ああ」
息をするのを忘れていたというように、夏目が深く息を吸った。
「でも、先生とならそんな繋がりがあっても良かったかな。…ちょっとだけ」
「こっちは願い下げだ。下らんことを言う暇があるなら少しは面倒に関わる悪い癖を何とかしろ、阿呆」
貴志くーん、遅刻するわよ、と塔子が階下から夏目を呼ぶ。
「ほれ、朝めしが冷めてしまう。行くぞ」
そうだな、いつか話す時も来るさ。
今のお前は、手にしたものを自分から離さずにいるので精一杯だろうから。
レイコの話を聞きたくなったらまた教えてやろう。
私はずっとお前の傍にいるのだからな。
レイコも言っていただろう?だから。
「大丈夫だ」
どんなことでも。

41 :
終わりです

42 :
GJです
萌えますた

43 :
>>41 GJ!
こうでなくっちゃ

44 :
投下乙

45 :
>>21だったり>>25だったりした者です。
ちょっと勉強して、wikiに前スレのページをつくり作品をまとめておきました。
タイトルは管理者さんに合わせてレス番になっています。
合わせて、現スレの2作品(>>3〜と>>32〜)も保管しておきました。
>>42
待ってました!GJっす!

46 :
>>45
>>42じゃなくて>>41の間違いだった orz

47 :
>>46
どんまい
スレタイに【あかく】を入れたってことは
スレ立て人は夏目以外の緑川作品のSS投下も想定済みってことかね

48 :
前スレの最初の頃に
『女が(特に人間の)少ないから緑川ゆき総合に・・』
って話があったしその後、緋色の椅子ネタも1個投下されたからじゃないかな?

49 :
今はここは作家さんが少なそうなので兼用の場所で正解だと思うよ

50 :
こっそり「あかく〜」で小ネタ
会富が好きです

51 :
『屋上の対決』
「辛島君。…ちょっと来てほしいの」
呼び出し、そう友達に言われて廊下に出てみると待っていたのは女の子。
「…会富か。話なら今」
「話せないから来てっていっているんだけど。ちなみに拒否権は無いわ」
目つきが険しい。間違いなくおれに腹を立てている、たぶん──国府さんのことで。
仕方なくついていくと屋上に連れて行かれた。髪を攫うような風に鼻をつまむ。
「…寒い」
「我慢して」
さて、と腕組みする姿がかっこいい。
「国府を避けてる理由を説明してもらうわ」
「避けてない。バイトが忙しくて会えないだけだ」
用意してあった答えを返す。ひねりも何も無いから騙されなくて構わない。知られなければいいだけだ。
「甘いわ。私は国府に白状させたのよ」
意図したものもまとめて、爽快なまでに一蹴された。
「一度キスしたらそれから避けるってどういう心理よ、男として。…大体想像はつくけれど」
「どうつくんだ」
「あのタヌキ顔に何か吹き込まれたんでしょう?おそらく…国府に会ったら妄想が止まらなくなるようなことをね」
「的確過ぎて何者だって気分だよ、会富」
「一介の国府好きよ」
ふざけてる場合じゃないの、とまた切り捨てられる。
「国府、どうしてると思う?」
答えられない。顔を合わせるのも気まずくて徹底的に避けていたのはおれだから。
ため息をついた会富は悔しげだ。
「泣かないのよ。理由も聞かされてないのにこれくらい平気よ、大丈夫よって笑うの。窓の外ばかりみて、辛島君の姿を探したりしないのよ?
どんな気持ちで笑ってるのか分かってるの?泣かないほうが辛いって知ってるの?男のくだらない妄想で私の大事な国府に何我慢させてるのよ!」
声を荒げ肩で息をしている。
返す言葉も合わせる顔もないとはまさにこのことだ。無言のおれに息を整えた会富が指を突きつけた。
「言って、妄想を全部。国府に話すから」
「それは」
「言ったでしょう、拒否権は無いの」
観念して鼻をつまむ。元はと言えばこれが全ての原因だ──おれの声。

52 :
「キスくらいしたのかって坂本に言われたんだよ。無視してもバレたけど」
女の子相手に話していいのかとした僅かな逡巡は厳しい目で打ち消される。
「次はあれだなって。いいな、使えるぞお前の声、妄想をリアルで実現させるチャンスだ、ってさ。本気で聞いてないの前提での冗談だ。おれが坂本のこと信用してないの知っててからかわれているのなんてわかってる」
だが、一旦インプットされた情報はことあるごとに再生された。
もちろん、国府さんの姿で。
「この声使えば国府さんにキスして、服を脱いで、そこに寝て……全部思い通りに出来るんだ。抱きしめてくれても、それはもしかしたら彼女の意思じゃないかもしれない」
妄想で終われば良かったのに気づくと避けていた。国府さんではなくて自分が信じられない。
とっくに越えてきたはずの壁がまた目の前にある。
「ばかみたいよ、辛島」
その葛藤すら一言で終わりにされた。
「妄想ぐらい誰だってするわ。何の為に口があって声が出るのよ?怖いなら国府に話せばいいじゃない。どうしてか説明してどうするか考えなさいよ、恋人なんだから」
はあ、と改めてため息をつかれた。
「言葉は届かなければ空しいだけだけれど、言わなきゃわからないことの方が多いわ。国府は言ってた。『辛島君と離れることのほうが辛い』って。か弱い女の子が全部ひっくるめて覚悟してるのよ」
男って本当に子どもね、そう吐きだして会富は踵を返した。
「日曜日のホワイトデー。バイトは殴られても休んで。すごくすごく特別にデートのお膳立てをしてあげる。……ちゃんと国府に話して」
ドアに手をかけ会富は一瞬だけ振り返った。
「私の大事な国府にもう一回でもこんな思いさせたら、返してもらうわ。覚悟してね、本気よ」
後ろ手にドアが締められ、足音が降りて行く。
「…完敗だ」
全部、全部真っ向から叩き落とされた。強い強い想いに。
「勝てるかな」
自分の情けなさに苦笑いしたくなる。でも、負けてはいられない。
おれは国府さん、君と生きていくと決めたんだから。

53 :
エロくないまま終わりです

54 :
いやいやこれは序章なんだろ?
次は夕日の海岸なんかでコッソリデートとかね
GJでした

55 :
>「一介の国府好きよ」
会富の想いに泣いた
>>53
GJ
いい仕事見せてもらいました
「あかく」はやっぱりいいなぁ

56 :
うん

57 :
sageついでですが、夏タキ投下します

58 :
『春の中』
庭の桜の蕾はほころび始め、半分開けた窓から穏やかな風と一緒に近づく春の匂いを運ぶ。
日曜の午後、夏目の部屋。
夏目とタキは窓の方を向き並んで座っている。
会話が途切れ、先ほどからお互いに無言の理由はありがちな喧嘩などではない。
二人きり、なのだ。
しかも、お互いをものすごく意識してしまっている状態で。
藤原夫妻は外出した。少し遠くへ買い物に行くからと車で出かけたばかりだ。
一足先に塔子さん特製のオレンジケーキを食べ終えたニャンコ先生も、間を置かずに出て行った。
「滋も塔子も夕飯までは帰らんな。…お前らを相手にしてもつまらんし、飲みに行ってくる」
「ええっ?先生行っちゃうの」
「昼から飲んでると、そのうち酒焼けで赤ニャンコになっちゃうぞ、先生」
名残惜しさに力を込めたタキの腕からどうにか脱出し、憎まれ口を返すかと思ったら、先生は妙な目つきで二人を見た。
「ほれほれこれで二人きりだ、積もる話でもしたらよかろう?まあ別に……話さずとも『する事』はあるがなあ」
含み笑いと階段が軋む音を置いて、先生は階下に消えた。
気を利かせたのではない、面白がってけしかけたのだ。
残された夏目とタキは、ゆっくりと言葉の意味を理解した結果───硬直した。
(くそう先生め、余計なことを!)
二人きりになりたかったのは間違いないが、夏目が意図していた状況と現状は微妙にずれている。
それでも、考えてもみなかったと言えば嘘になるだろうか。
軽く手を伸ばせば触れられる距離にタキがいる。
その髪も、瞳も、頬も、肩も、胸も、腰も──唇も。
正面から左へ、僅かに身を向ければすべてに届く。
そうして夏目は心の中で頭を抱えた。
(おれに…どうしろと)
夏目の左側にはタキ。
視線の先、膝の上でスカートを握った手のひらに汗がにじんだ。
(本気じゃないけれどっ。でも言うわ、先生のばかーっ!)
隣に、ほんの少し体を倒せば抱きつける距離に夏目がいる。顔が上げられないのも、この鼓動も、理由は自分がいちばんよくわかっている──体が熱いから。
タキは頭を振った。
(まだ昼間なのに、とか考えちゃ……駄目ったら駄目よ!)

59 :
今朝、タキは母によってまだ少し寝惚けた頭を半ば強制的に覚醒させられた。
「透。これ、夏目君の家にお裾分けに行ってきて頂戴」
「…え?…ええ?!」
「京都の筍。お友達が送ってくれたの、箱いっぱいよ」
こーんなに、と母が両手で山を作る。(驚いたのはそこじゃないわ、お母さん!)
「何故…夏目くんが出てくるの」
「ご近所にはもうあげちゃったんだもの。いいじゃない、お世話になってるし」
「でも急だし…いないかもしれないわ」
「その時はその時よ。会いに行く理由が欲しいでしょ」
ね、恋する乙女さん、と母がにこやかに笑い、頬を染めたタキは俯く。
かなわない。きっと何年経ってもこの母にはかなわない。
結局素直に頷いて紙袋を受け取り、顔を洗い寝癖を直して三十分、何を着るかで一時間悩んだ。
「あなたもいい加減慣れないわねえ……顔が赤いわ」
恒例となりつつある母のつっこみに送り出され、やっと家を出たのが十時半過ぎ。
「休日に会うって非日常感で緊張してるだけだもの!」
面と向かって出来なかった反論を歩きながらする。でも、会う度にどきどきするのは確かなのだ。
学校では意識せずに話せていると思うが、一歩外に出ると何回会って何度体を重ねても(…きゃああ!)慣れない。
現に今も(この角を曲がると夏目くんの家だ)そう考えただけで早まる鼓動に、胸に手をあてて繰り返し深呼吸をした。
「どきどきし過ぎていつか発作とか起こしそう…」
もっとこう、大人の余裕みたいなものが足りないのかしら。我ながら情けない気分になったタキはため息をついた。

60 :
こんにちはと挨拶をすると、庭で洗濯物を干していた塔子が満面の笑みで迎えてくれた。
「まあ、いらっしゃい!今貴志君を呼ぶわね、ささ、上がって。貴志くーん、多軌さんよー♪」
とても歓迎されて少し落ち着いたタキは、紙袋を差し出す。
「あのこれ、母からです。頂き物ですけど」
「あら、筍!こんなにたくさん嬉しいわ。滋さん好きなのよ♪筍ご飯」
さあさあどうぞ、とタキが通された客間には仕事だろうか、用紙を数枚広げた滋が座っていた。
「やあ、いらっしゃい」
「こんにちは」
「滋さん!せっかく多軌さんがいらしたのに。仕事はお部屋でにして頂戴」
「お、そうだな悪い悪い」
塔子に追い立てられ、天気がいいからついね、とがさがさ書類をまとめながら立ち上がる。
(毎日、こんな風にやりとりしてるんだろうな)そう思うと何だか微笑ましい。
座布団を出され恐縮して座っていると夏目がやってきた。
敷居の前で一歩止まり、視線はタキの顔より少し上に向けられている。
お茶の載ったお盆を明らかに塔子に「持たされて」いるのが妙に似合っていて、(あの可愛いエプロンはないけれど)文化祭の売り子姿を思い出させた。
その足元からは丸いフォルムに渋い声。
「なんだ、タキが来ておったのか」
「ニャ、ニャンコ先生っ!」
とてとてと前を横切る先生に逃れる隙を与えず、タキは素早く抱き抱える。
「ああもう先生久しぶり!久しぶりのつるふかっ」
お構いなしに頬擦りしていると、夏目が吹き出した。
「ははは、タキ。…悪いが苦しんでるから少し緩めてやってくれ」
「はっ!ご、ごめんなさい先生、夏目くん」
タキが腕を離すと、先生はやれやれと座布団をひとつ占領した。
「ええとあらためて、いらっしゃい。あと…どうぞ」
ぎこちなくお茶がすすめられる。
「あ…ありがとう」
客間に通されたのは初めてだし、かつ藤原家に来るのも先月以来ひと月ぶりとあっては、受けるタキの側もぎこちない。
(何か、話さなくちゃ)
照れとこれまでの緊張が重なり、頭が回転しない中でもタキはなんとか会話のきっかけを探しだした。
「夏目くんは、筍…好き?」
「ああ、うん。さくさくしてて美味いよな。塔子さんが灰汁抜きして筍ご飯炊くって喜んでたよ」
「滋さんの好物なんですって
「ああ、そうなのか。わざわざありがとうな」
「ううん、沢山頂いたみたいだから。喜んで貰えて良かった」
「ほう土産は筍か。日本酒で一杯もいいな」
先生が満足そうな顔で目を細める。
「なんだ、先生も好きなのか?つまみ食いするなよ。塔子さんが困るんだぞ」
「失礼な。お前じゃあるまいし、高貴で優雅な私がつまみ食いなど…」
「じゃあ、さっきからこの口についてるのはな・ん・な・ん・だ?」
ぎりぎりと夏目が先生の頭を掴む。口元には確かに──(海老?よね)──赤い尻尾が半分くっついていた。
「まあまあ、夏目くん」
「タキ、こんな意地汚いニャンコかばわなくていいぞ」
「でもほら、つまみ食いって美味しいし、ね」
「…タキに免じて、だからな」
夏目がぱっと手を離し、先生が畳に落っこちたのをきゃあ、とタキが抱き上げる。短い手で頭の上のぶちを撫でた先生が小声で呟いた。
「いまに見ておれ」
(おかげでちょっと、ほぐれたかな)
普段どおりはにかんだ笑顔の夏目と、ニャンコ先生というもてなしが追加されてタキは言うことなしだ。

61 :
「貴志君、多軌さん。ちょっといいかしら?」
廊下から塔子が二人を呼ぶ。
風を通す為か、客間の半間障子は開かれたままだ。なのにわざわざ少し離れた所から声をかけるのは塔子の気遣いだろう。
おそらく、「恋人同士の邪魔をしちゃいけないわ」という類の。
(それはそれで恥ずかしい…)そう思いながらタキは夏目に続いて立ち上がった。
「あのね、お友達と約束したケーキの試作品がお昼頃焼き上がるんだけれど、男性陣は評価が単純で参考にならなくて。良かったら多軌さんに味見をお願いしたいの」
「私で参考になるなら…。塔子さんのお菓子、美味しいから嬉しいです」
「まあ、有り難う♪助かるわ。ちょうどちらし寿司の下ごしらえをしていたし、お昼ご飯も食べていってね。ね、貴志君」
「いえ、そんなにお邪魔するわけにはいかないですから」
それはちょっと図々しい気がして、タキは両の手を胸の前で振った。
すると、蚊帳の外という体でいた夏目が口を開く。
「タキが良ければいてくれないか。塔子さんも滋さんもおれも嬉しいから。もちろん予定がなければだけど…」
(今夏目くん…おれも嬉しいって言った?!言ったよね?)
照れ隠しだろうか、早口だったその意外な言葉にタキは驚いて隣に立つ夏目を見上げる。その首の角度が何故か新鮮で、前にこうやって並んだのっていつかしら、とつかの間思考が飛んだ。
それはそのままみつめあう姿になるわけで。
あらあらまあ。ごちそうさま、と塔子は喜色満面の頬に手をあてた。
「若いって素敵ねえ」
「「とっ、塔子さん!」」「いいのよ、うふふ。お昼までゆっくりしててね」
この状況で二人きりになったら、照れくささに耐えられずどうにかなってしまいそうだ。咄嗟にタキは手伝いを申し出た。
「あのっ、私、お手伝いします!」
「まあ♪嬉しいわ!お願いしちゃおうかしら。貴志君、多軌さんを借りてもいい?」
「あ…おれは塔子さんとタキがいいならそれで」
間違いなくタキと同様に照れていたであろう夏目が、ほっと小さく息をした。

62 :
「じゃあ貴志君は食卓の片付けね」
キッチンに移動して、タキは塔子に借りたエプロンを着た。塔子はいつもの割烹着姿が板についている。
「美味しいご飯を作らなくちゃね」
「はい」
楽しそうに手を合わせた塔子の指示に従って、タキは動く。
鮪は賽の目、海老はお酒を入れてひと煮立ちしたお湯でじっくりと。椎茸の含め煮は細切り、絹さやは斜め半分に。その間に塔子はほのかに甘い匂いのする錦糸卵を手際よく焼いていく。
「…わあ」
(私が焼くと端の方がぱりぱりになっちゃうのに)
薄焼き卵は本当に薄く黄金色で、塔子の手で細く柔らかに刻まれた。
「多軌さん、酢飯をお願い出来る?」
「はい」
「覚えてね。酢が大さじ四杯、砂糖大さじ五杯に塩小さじ二杯」
「は、はい」
「貴志君はうちわね」
「はい」
タキは木桶にご飯を広げ合わせ酢をふりかけるとしゃもじで混ぜていく。夏目が細い腕で懸命に扇ぐと酢の爽やかな香りがキッチンいっぱいに満ちた。
いつの間にか菜の花のお浸しとあさりのお吸い物も出来上がっており、刻んだ三つ葉の澄んだ香りと混ざってなんとも美味しそうだ。
滋を呼びに夏目が出て行くと、タキは塔子と二人で洗い物の片付けにかかる。
と言っても料理をしながら塔子がちょくちょく洗っていたらしく、お皿数枚とお箸としゃもじくらいか。
(ああ私、ほとんど手伝えてなかったかも…)
「うふふ、何だか久しぶりにうきうきしたわ」
タキの隣で、お皿を拭いている塔子は上機嫌だ。
「多軌さんが手伝ってくれて助かっちゃったし、貴志君が来てから楽しいことばかり」
時々わんぱくで困ることもあるけれど、そう言って笑う塔子はとても素敵だとタキは思う。
「私も、楽しかったです」
まあ、良かったわ。塔子は目を細める。
「それにね、私、誰かとこうしてお料理する日が来るなんて思っていなかったの」
──ああそうか。藤原夫妻は夏目が来るまで、この家で二人きりだったのだ。
ずっと二人。その日々はたぶん幸せで、でももしかすると、それは。
「だからね、こんなに素敵なお嬢さんがこうして家に遊びに来てくれて、貴志君も私達も幸せ者よ。有り難う、多軌さん」
「…はい」
胸が詰まってそれだけしか口に出来ない代わりに、タキは精一杯笑った。それからぎゅっときつく瞳を閉じる。この瞬間とこの言葉を、心に灼きつけて忘れない為に。
──私も、なんて幸せ。
「さあ、皆でご飯にしましょう」
「はい!」

63 :
「酢飯はタキさんと貴志君、盛りつけはタキさんよ。華やかでしょう?さ、貴志君」
いちばんね、と塔子がお皿を差し出す。
え、と夏目が止まる。滋を差し置いて、最初に箸をつけていいものなのか躊躇っているのだろう。
夏目らしい遠慮に滋が苦笑する。
「貴志の彼女の力作を私が先に食べたりしたら、塔子に叱られてしまうよ」
「そうよ!さ、食べて食べて♪」
「…はい。いただきます」
これはタキに向かって。するとまた心臓が跳ねた。
(塔子さんの言った通りだから美味しくない筈がないけれど…でももし、私が不味くしちゃってたらどうしよう!)
「…あの、どう?」
「うん、美味いよ」
恐る恐る聞いたタキを見て、夏目が微笑んだ。一気に頬が熱くなる。
((ひゃああ…これって何だか))
「新婚さんみたいね♪」
「「────!」」
あっさり塔子に心を読まれた夏目とタキは、ちらし寿司の上の紅しょうが並に赤面する。そんな二人に塔子はさらに追い打ちをかける。
「多軌さん、遠慮しないでね。貴志君に『あーん』してもいいのよ」
手を胸の前で揃えた塔子がにこやかに薦める。
「いっ…え、あ…」
箸を取り落としそうになり、タキのいただきます、は喉元で止まった。
「何を言ってるんですか、塔子さんっ!」
下を向いた拍子に二人は先生と目が合う。ちらし寿司をきれいに食べ終えた先生が意味深に笑った。
「…なんだよ」
夏目が小声で咎めても、ふん、と鼻で笑うだけで何も言わない。
もう赤くなるところなど残っていない二人に滋が助け船を出してくれた。
「塔子。そういうのは二人きりでするものだろう」
((滋さん、それも何か違います!))
「だって見たかったんだもの。じゃあまた次の楽しみにとっておくわね。きっと可愛いわー♪」
((もう……勘弁してください…))
二人の心の声は、楽しくてしかたない塔子にも滋にもたぶん聞こえない。

64 :
ひとしきり反応を楽しまれた(?)あと、食後の緑茶を飲みながら滋が塔子に訊ねた。
「そうだ塔子、お返しは買っておいてくれたかい」
「あら大変。忘れてたわ」
「じゃあせっかくの休みだ、少し遠出をしようか。貴志は…多軌さんを送らなくちゃいけないね」
滋の言葉にタキが口を開く前に、夏目が答えた。
「はい。二人でゆっくり行って来て下さい」
「次は一緒に行きましょうね」
いえそんな、もう失礼します、そう言いたいのに口を挟む間もなく会話が進んでいく。それはいつになく夏目が饒舌だからだ、とタキは気づいた。
「すみません、塔子さん。味見の分のケーキだけ切って貰ってもいいですか?」
「了解よ。貴志君のお部屋でお話しながら食べていってね、多軌さん」

65 :
そして、今。
先生にしてやられたことを実感している。
藤原家の夏目の部屋にあるのは無言の二人とケーキと、まだ微かに湯気ののぼる紅茶が載ったトレイだけだ。
カップからは茶葉の香りが穏やかに漂う。
「…あ、紅茶」
「え?」
「紅茶が冷めないうちに食べましょう?」
「ああ、そうだな」
気まずい雰囲気を甘さが和らげてくれたら、そう期待してタキは薄切りのオレンジが飾られたふわふわの生地にフォークを刺す。
一口食べて、さすが塔子さんだとため息がでた。
爽やかな甘さにカラメルの苦味がきいて大人っぽい後味、と感想が浮かぶ。
味見役はちゃんと果たせそうだ。
ため息に気づいた夏目が首をかしげる。
「どうかしたか?」
「あんまり美味しくて……塔子さんってすごいわ」
「ああ、料理上手だから」
「それだけじゃなくて…優しくてあたたかくて、でもちゃんと厳しくて…何て言うか、素敵なの」
「…そうだな」
夏目の顔が嬉しそうに綻んだ。だからタキは続ける。思い出すだけで涙がこぼれそうなほどの言葉を伝えたくて。
「さっき、お手伝いした時にね。塔子さんが有り難うって言ってくれたの」
「そうか…」
「滋さんも塔子さんも夏目くんも幸せ者よって。私…嬉しくて泣きそうで何も言えなかった」
「…タキ」
「だってこんなに素敵なひと達に歓迎されて、私」
タキはしっかりと前を見つめる。まるで遠く先まで引かれたひとつの軌跡を辿るように。
「頑張らなくちゃ。夏目くんをもっと幸せにして私ももっと幸せになるわ。いい?」
「…ああ。有り難う、タキ」
夏目がまた微笑む。タキも同じように笑って手を繋いだ。
緊張はとっくにほぐれて、今はただ隣に座っている。

66 :
ふわ、と風が通った。
「タキは……ずるいな」
「…どうして?」
首をかしげるタキを、夏目が拗ねた目で見つめる。
「おれが嬉しくなることばかり言って、そうやって可愛いから。……先生に言われたこと、したくなる」
「え…」
思うつぼなのは悔しいけれど、そう夏目が囁いた。
視線が絡む。
そして、ただ本当に、息をするより簡単に。
たぶん今まででいちばん自然に。
キスをした。
鼓動が跳ねるように高まって体の芯が熱くなる。キスは止まらず、お互いに唇を求め続ける。舌を絡め、何度も何度も。
「んっ…」
息苦しさで唇を離すまで何度も。
「…いいか?」
タキは頷いて夏目の背中に腕を回す。力いっぱい抱きしめられて一瞬呼吸が止まった。顎を上げられ仰向けの唇をまた、より一層激しく夏目に奪われる。
タキの指が桜色のパーカのジップにかかったのを夏目が遮り、脱がされたパーカは肩を滑り落ちる。
袖から抜かれた手が一瞬優しく握られて、タキも握り返した。
あとはされるがままだ。
カットソーの釦が一つずつ外される度に、夏目の指先がタキのきめ細かな素肌に触れると───熱い。
露になったタキの滑らかな背中を撫で、ブラのホックで指は止まる。苦戦するかと思いきやあっさりと外され、肩紐がするりと落ちた。
「…上手」
そんな言葉が口をついて出ると、困ったように夏目が答えた。
「…明るいから」
その重大さに気づいてタキの顔は朱に染まる。だってそれは───何もかも見えてしまうということで。
思わず胸を腕で覆うと、夏目が耳元で囁いた。
「恥ずかしい?」
頷きだけで答える。
「……おれもだ。でも、全部見たい」
「夏目くんも…ずるいよ」

67 :
腕がそっと開かれる。(夏目くんが見てる)それだけでもう息が弾む。
「タキは色…白いな」
「そう、かな」
指先が綺麗な膨らみの上部から、外側のラインをそっと辿る。
「…すべすべしてる」
それだけの行為なのに、夏目の手だとびっくりするほど気持ち良いい。さらに手のひらが乳房を包んで、持ち上げるように揉まれた。
「あっ」
窪みに先端が触れて電流のように快感が体を走り、びくっと震えた拍子に声を上げてしまう。
恥ずかしさに目をつぶる。きっと喘いだ瞬間も見られてしまった。愛撫を求めて固くなっているのも一目瞭然だろう。
「ごめん」
優しく抱きしめられる。
「おれ、何だかすごく照れてる…三回も見てるのにな」
タキはまだシャツを着たままの夏目の胸に、顔を埋める。
「…私も、同じよ」
でももっと触って。抱いて。してほしい。繋がりたい。到底口に出来ない言葉ばかりが頭に浮かんで、耳まで真っ赤にしたタキは精一杯を告げる。
「夏目くんも、脱いで」
もどかしそうに脱いだシャツの下から、あまり変わらないほど色白の薄い胸が現れ、タキはそこに頬を寄せた。
「細いけど…でもやっぱり男の子、ね」
「これが無いから?」
伸びた手がタキの乳房を掬うようにして先端をつつく。
「あんっ」
「あ。その声、可愛い」
夏目は体を屈めて、薄紅色の丸い部分を悪戯っぽく舌の上で転がした。ちゅ、と軽く吸ってみる。
「ふあっ…やっ…夏目くんのエッチ!」
「タキこそ、あんな可愛い声出すくせに」
「そっ…そんなことないもの」
紅葉を散らしたように赤い頬に、さらさらと流れた髪をかきあげる指が艶めかしい。
軽く伏せた瞳が潤んできている。
「そんなことあるよ。…立って」
戯れるみたいに言い合いながら、タキは立て膝になる。俯くようにして眺めると、夏目の細い指がぎこちなく動いてスカートが畳の上に落ちた。
形の良い脚を中心にストライプの花弁が広がる。
タキの体に残っているのは、もうたったひとつ。
「いい?」
「…あんまり見ないで…ね」
「ああ」
する、と布が肌を滑る慣れた感覚が座り直した脚の指の先までを伝う。すぐ後から脚の付け根に粘つく肌触りと柔らかな感触があって、タキはまた声をあげた。
「ひあっ」
既に滴る程濡れていたのを夏目が舐めたのだ。
「タキ、可愛いな」
いっぱい濡れてたよ、そう言ってまた抱きすくめられ唇が奪われた。深く深く、飽きずに何度も舌を絡ませてキスをすると、頭がぼうっとして力が抜ける。

68 :
「…布団、敷くから」
脱いだ夏目のシャツが肩にかけられる、ほんの少しの気遣い。準備を整えた夏目がまたタキを抱きしめる。
「おれ、タキの服を全部脱がせたの初めてだった」
「そう?」
「最初は良くわからなかったし、次は…着たままだ。その次はタキが自分で脱いだ。…ほらやっぱりエッチじゃないか」
「…いじわるね」
「照れくさいんだ、許してくれ」
顔を寄せたまま二人でちょっと笑った。
と、夏目がタキの膝裏に腕を差し入れぐいっと持ち上げ、全裸でお姫様抱っこされてしまった。
「きゃ…な、夏目くん降ろしてっ」
「え、駄目か?」
「だって、恥ずかしい…っ」
それに重いよ、そう上目遣いで夏目を見ると苦笑いだ。
「おれ、そんなに非力に見えるかな……でも腕は回してくれると助かる」
そう言われて素直に首筋に掴まった。布団までは僅か数歩。
軽々と運べるかと思ったが、胸に当たる柔らかな膨らみに気を取られたのもあって、案の定シーツの端を踏んだ夏目はバランスを崩した。
タキもろとも布団に倒れこむと、うまい具合に夏目が上でタキが下。
「…失敗」
「のち成功」
くすくすと秘密めいた笑みを交わし、初めて明るい光の中でお互いをみつめあった。
「明るいと、タキがよく見える」
「…恥ずかしくて、どきどきしてる」
「…おれも」
タキの真っすぐな瞳は夏目だけを映す。
夏目の淡い色の瞳もタキだけを見ている。
タキの軽く乱れた栗色の髪には午後の日差しが煌めき、夏目の悪戯で少し汗ばんだ肌が艶やかに光る。
真下を向いた夏目の髪は微かな風にさらさらと揺れ、細い腕はタキの顔の横で体を支えている。
タキの柔らかな白い胸は夏目の体の下で上下し、夏目は肩で息をする。
((これから……するんだ。このひとと))
もう何度もした事なのに、その度にどきどきして、胸が苦しくなって。
「透。好きだよ」
きっかけは夏目だった。

69 :
「綺麗だな」
タキの前髪がかきわけられ、額、瞼、頬、耳朶。夏目の唇がひとつずつ捺されていくとタキはくすぐったそうに目を閉じる。
最後にまた唇。
キスしたままで、胸、滑らかなお腹、腕と指も絡め、熱を持った下腹部。両足も全てをあわせる。
夏目の唇は鎖骨を伝って胸に下りた。淡く紅くぷっくりと膨れた頂点を優しく吸うとタキの体が震えた。
「あっ…はぁ…」
舌と手のひら全体を使って交互に、触れるか触れないかぎりぎりの愛撫を重ねる。
「んっ…あ、あ」
タキが身を捩り、頤を反らし、とろけるほどに甘い声で喘ぐ。
(もっと、聞きたい)
たまらないその声に夏目の体はますます熱くなる。
夏目の脚がタキの太ももの間に割って入り、くちゅ、と淫らな音がした。
「あっ…や…」
恥じらう頬が桜色に上気して色っぽい。ぐっと閉じられた膝に手をかけて夏目は訊ねる。
「嫌か?」
タキは何も言わずにかぶりをふった。
(聞かないで、違うの、嫌じゃないの…逆なの)
恥ずかしくて恥ずかしくて、でもやっぱり熱をもって疼くそこは──触れられるのを待っていたから。
その思いはもう声にならず、代わりにタキの軽く開いた唇から漏れたのは切なげな吐息。
「んっ…あっ」
桃色に濡れたそこを夏目の舌が這い、恥じらいは快感に変化する。
「や、あぁっ…」
溢れた蜜を吸われ小さな蕾を探りあてられ、襞の奥まで舌が入り込むぞくぞくとした快感へと。
支えていたタキの脚から力が抜けたのに気づき夏目は顔をあげる。とろん、ととけた恍惚の表情と、潤んだ瞳が昼間の光に浮かんだ。
「可愛い」
そういって襞の間に屹立したものをあてがい、ゆっくりと奥まで入り込んだ。
「あ…はあっ」
タキがまたいい声で啼くと、たっぷりと濡れた粘膜は時折蠢いて夏目を包む。
きゅう、と締まる感覚は何度味わってもこらえきれない快感を産む。
「透。動くよ」
「う、んっ…貴志くん」

70 :
いつの間にか待ち望むようになった繋がり。
体だけが欲しいわけではなくて、会いたくて、傍にいたくて、離れたくなくて。
大好きで大好きで仕方ないひとと、ただ──体のいちばん奥まで繋がりたくて。
「んっ…あぁんっ」
タキははしたなく声をあげ、白い肌を桜色に染めて身悶える。夏目はそれに応えるようにさらに深く突き上げる。
「あ、あっ」
ちゅくちゅくと響く淫微な音とともに繋がるその部分は熱く、互いの区別などつかないくらいに絡みあっていた。
「ああっ…や…気持ちい、い…っ」
「おれも…だよ」
衝動に任せて体をすすめながら、夏目はシーツを握っているタキの両手を取り指を絡める。体の真ん中に負けないくらいしっかりと繋いだ。
「透」
「貴志くん」
「すきだよ」
「すきよ」
体の奥へ奥へと繰り返し挿入り込み繰り返し受け入れながら、荒い息遣いの中で何回も囁かれる名前とたったひとつの言葉。
それは体も心も強く繋いでいく。
離れないんだ、ずっと。
「あっ…貴志く、ん…もうだめっ…」
「…透っ」
そのまま、二人は果てた。
「おれ、タキが来るの見てたよ」
夏目はタキの髪を撫でる。
日は少しずつ陰って、夕暮れが近い。窓の外の空は、稜線との境目から仄かに蜜柑色がかっている。
二人は裸のまま、一枚のタオルケットの中に隠れるように横になっていた。
軽く触れ合う肌はまだ熱を帯びている。
「え、どこから?」
「窓から外を眺めてたんだ…良い天気だなあって。そうしたら視界の端で何か光って、見たらタキが歩いて来た」
「光ったのは何だったの?」
「たぶん…それ。つけてくれたのか」
嬉しいな、そう夏目がタキの髪を指差す。乱れた髪を撫でつけてさっき留め直したばかりの髪かざりは、夏目がくれたものだ。
嬉しくて、でももったいなくて机の上に置いていたのを今朝つけてみたのは、夏目に最初に気づいて欲しかったから。
「…深呼吸してたのも見えた?」
「見えた」
「緊張してどきどきするんだと思ってたんだけれど…違うみたいなの、私」
「え?」
「夏目くんに逢えて嬉しくて、どきどきするんだわ。だから深呼吸なんてしても止まらないのね」
夏目がちょっと目を見瞠り、タキはふふ、と微笑んだ。
「おれも…タキを見つけただけなのに落ち着かなくて、部屋の片付けなんかしてたんだ」
「じゃあ同じね」
「同じだ」
またそっと、キスを交わした。

71 :
服を着終えて夏目は、スカートの釦を留めているタキを眺める。
「タキ、これホワイトデーのお返し。前にハンカチを汚してしまったから」
平らな包みをタキの手のひらに載せた。
「プレゼントとか選んだこと無いんだ…その、気に入らなかったらごめん」
「ううん、有り難う。とっても嬉しい。…開けていい?」
ああ、と頷く夏目の前でタキは小さなシールを剥がす。飾り気の無い小袋の中からは微かな音がした。
「あ…わあ可愛い」
華奢な銀のチェーンの先に、真珠貝と小さな四つ葉のクローバーがついたネックレス。軽く持ち上げるとしゃらしゃらと繊細に揺れる。ハンカチにはお揃いの模様が刺繍されていた。
「嬉しい。有り難う」
「…西村と北本が」
「うん」
「学校の帰りに連れてってくれて、一緒に悩んでくれたんだ」
──こういうのはな、気持ちが大事なんだぞ。
──そうそう、お前が多軌さんに似合うと思うのを選べばいいんだ。
──西村とおれはお菓子にするからな。
──ええー、おれもお洒落なのあげたいー。
──それはいつか彼女が出来たらにしろ。…さていつだろうな西村。
──北本がいじめるよう夏目ー。
「タキの、好きな色とか」
「うん」
「ちゃんと、聞いてみろよって。おれ…誰にも聞いたことなかった」
言葉はひとつずつ、探るように紡がれる。タキはそっと夏目の手を取った。大丈夫よ、という気持ちをこめて。
「タキはさっき…聞いてくれただろう」
「ええ」
──夏目くんは、筍…好き?──
「…あんなふうに」
知りたい。たぶんそう続く筈の言葉は途切れて、静かな光をたたえた瞳がタキをじっと見つめている。頼るように、縋るように瞳は瞬く。
知りたいと思うだけでも、自分から相手に近づいたことにはまだ気づかずに。
「私も、夏目くんのこと知りたいわ」
「…おれのこと」
「教えて?好きなもの」
「何でもいいのか?」
「何でもいいのよ」
無防備に首をかしげる夏目をタキは穏やかに眺める。
「……タキ」
息をのみそうになったのを隠してタキは口を尖らせる。
「夏目くん、ずるい」
「だって本当だ」
肩が抱き寄せられた。タキはそのまま夏目に体を預ける。
「幸せになりましょう、夏目くん。どんなことがあっても、幸せに」
「ああ。…幸せに」
「それが藤原さん達へのいちばんの恩返しね、きっと」
夏目が驚いたように目を見開き、そして困ったみたいな顔で笑った。
「…またやられた」
「え?」
何でもないよ、そう答えてしっかりと手を握る。
また肩を寄せ合う。
触れたそこからお互いの体温が伝わる。
傍にいる。一緒に過ごす。
それはそれは、とても甘くとても幸せな時間。
「タキ、春休みに入ったらすぐの土曜日、海を見に行こう。それと……カイの所に。一緒に行こう」
「ええ、一緒に」
窓からの風がカーテンを揺らし、夏目とタキの髪を撫でていく。
そうして幸せな二人は、春の匂いの中、並んで深呼吸をした。

72 :
終わりです
長っ

73 :
>>45
遅ればせながらGJ!です
そしてやっぱり長いです。すみません

74 :
長い作品は名前欄に「○/○○」(1/14とか)とナンバリング入れると親切
せめて最初に「○レスくらい」と書くとか

75 :
>>74
すみません。気をつけます

76 :
>>72
いい仕事見せてもらいました
GJ

77 :
>>75
そんなに気にしなくていいよ
投下を始めてから投下する回数を考える人も多いから
ただねぇ・・・長いと読む気になれないっス
よつて「今回はおつかれさまでした」
の乙です

78 :
面白い作品だからいいんだよ

79 :
>>72
GJ。好きな二人なので幸せな気分になりました。
>>77-78
sageてくれ

80 :
スマン

81 :
>>51-52が続きました
辛島×国府 キスのみ 長さばらつきありますが9レスです

82 :
『声を聞かせて』
「来ないわね」
「来ないかも」
「来ないのよ」
午後一時から三回言った。
間もなく、五時。これでも会富はこらえたのだ。
もう人気のない『植物園特設展・世界の花たち』の会場入り口横の長椅子で、隣に座っている女の子の為に。
「来ないわ。行きましょう、国府」
立ち上がったジャケットの裾が遠慮がちに掴まれる。
「ごめんなさい、会富。私、もう少し待っていたいの」
前髪を揺らして国府がちょっとだけ笑う。
(こんな顔させたら許さないって言ったのに、何してるのよ。辛島)
「辛島君が来た時に、誰もいなかったらきっと困るわ」
会富は心の中で、辛島をグーで思いっ切り殴った。
国府が辛いなら、手を握って走って帰りたい。
なのに、国府は笑って辛島を待つのだ。
「…バイト」
「え?」
「急病人でも出て辛島が代わりに行ってるのよ、きっと。国府の気が済むまでつきあうわ」
「会富…もう、大好き」
「じゃあギュウッてして」
ふわりと温かい腕が肩に回る。──国府。私は他の誰よりも、あなたに幸せになって欲しい。
「…飲みもの、買ってくるわ。何がいい?」
「ええと、ミルクティー」
気分を変えようと会富は立ち上がった。少し冷えてきたからホットにしよう、そう決めて管理棟へ足を向けた。

83 :
「…ありがとう、会富」
国府は優しい友達の背を見送って小さく呟いた。
一緒に待ってくれている会富に申し訳ないが、辛島はたぶん来られない。
(きっと…呼び出しね)
数える程の待ち合わせに0班の仕事以外で遅れた事は無いのだ。
もし一時間待って辛島が来なければ国府は帰宅し、連絡を待つと二人で決めていた。
でも今日は事情が違う。
会富に聞かされたことが胸に凝って離れない。辛島が自分を避けた理由。
その時は恥ずかしさだけだった。けれど家に帰って一人になって愕然とした。
ただでさえ言葉を選ぶ辛島に、自分の存在は負担を重ねるだけではないのか。
我慢しないでと会富は言う。
逆だわ、と国府は思う。
辛島が飲み込む言葉の数を増やし、我慢させて追い込んだのは自分──その考えはループし出口には辿り着かない。
(自分が情けない…)
知りたいと、傍にいたいと言ったのは国府だ。なにものにも負けないとも。
ならば出口がなくたって結論は一つだ。弱気になってどうする。だから会えるまで待つ。
「会って、言わなくちゃ」
ぐっと目をつぶったその時、ザザッと背後の植え込みが音を立てた。

84 :
「うわ、会富!」
自販機に小銭を落とし込もうとしていた会富は驚きに目を見開いたのち、半眼で裏側から登場した辛島を睨んだ。
「…辛島。何でそんな場所にいるのよ。待ち合わせは向こう…」
「悪い、とりあえずここを出……国府さんは?!」
「だから待ち合わせは特設展の入り口だってば」
「まさか…一人?」
「辛島がここにいるなら一人ね」
思いっきり込められた嫌味に返している余裕も躊躇う暇もなかった。
「ヤバい!会富!」鼻をつまんだ。「一緒に来てくれ。国府さんが危ない」
有無を言わさず手首を掴む。
「は?何言って」
もう答えずに会富を連れて辛島は駆け出した。
(…国府さん)
思いだけが先走り、自分の足すらもどかしい。
斜め後ろで転びそうに走りながら会富が何か言っている。
──もし国府さんが。
最悪の想像に口が渇いてうまく息が出来ない。訓練の半分も走っていないのに心臓がうるさい。
もう、すぐそこが案内板で確認した特設展の入り口。
辛島は目の端に長椅子を捉えると、たったひとりの姿を探した。
(国府さん!)
心の中で叫んだ。

85 :
「その子を離せ」
長椅子横の植え込みをかきわけて出て来た川口が、国府の後ろを睨んだ。
髪を掴まれ、引きずるようにされた国府は声が出ない。
──恐い。
「…狐はどこだ」
「さてね。その子が関係ないのは確かだが」
(辛島君を狙ってるんだ)
国府は、身体中の血が全部爪先から流れ出ていく気がした。何とかして逃れなくちゃ足手まといになる、でもどうしたら。
「…痛っ」
ぐいっとまた髪が引かれて顎が上がる。
「関係ないかは狐に決めてもらうさ」
(私…辛島君)
国府は、肩にかけたバッグを握った。
「会富はここに」
「何で…国府が捕まってるの」
看板の陰から辛島が把握した状況は、向かって左手、会場の閉じた入り口近くに国府と男。対峙して僅かにこちらに背を向けた川口。
(この距離なら大丈夫だ、一言で済む。いつもと同じように)
なのに。
さっきから心拍数は上がりっ放しで手が震える。もしかしなくても、これは──恐いんだ。
「…国府さん」
──ああそうか、僕は君を。
「わかったんでしょう」
会富がとても小さく呟いた。任せるから必ず助けなさいよ、続いたその声は震えていた。
「耳に手を」
それだけ言って辛島は踏み出した。世界中でいちばん大切な国府の元へ。

86 :
とんっ、と。
軽やかに白いものが川口の隣に立つ。
「辛島君!」
「狐…か!?」
「辛島くっ…」
国府は息が止まる。──辛島君だ。来てくれた。
辛島は息を飲む。国府は背後の男に髪を掴まれていた。───お前。
血が沸騰すると反対に頭は一気に冷えた。辛島は足を止めて息を吸い込む。
男が腕を振り上げた。
川口が耳に手をあて踏み切った。
国府が一瞬顎を下げ、両耳を押さえてそのまま、思い切り後ろに振り戻した。
すべてが同時。
「国府さんから…『離れろーーーっっ!』」
それはおそらく辛島の記憶する中で、今まででいちばんの大声。
カラン、と不吉な音を立てて何かが落ちたと同時に、顎を押さえた男が後退りして硬直した。辛島は地面を数歩蹴って男の耳に言葉を吹き込む。
『おやすみ』
ゆっくりと悪夢でも見て来い、そう思いながら。
「まさか頭突きをするとは…」
「ご、ごめんなさい…」
「国府さん…無茶しないでくれ」
「で、この悪人顔は誰なの国府」
「きゃーっっ会富っ!」
国府の隣で会話を眺めていた会富の、皮肉たっぷりの物言いに国府が目を回した。苦笑した川口が説明を引き受ける。
「私は川口と言って、これでも警察だよ。二人とは…ちょっとした知り合いでね」
「……まあいいわ。で、辛島。ここにいるってことはバイトは終わったのよね?」
「え…っとまだ…」
「辛島君。バイト先には話しておくから一緒にいてあげなさい」
どうやら状況を悟ったらしい川口が代わって答えた。隣の辛島にだけ聞こえるように囁く。
「…自分から離れてはいけないよ」
「…はい」
じゃあまた、と携帯を取出し男を軽々と担いだ川口が去ると、薄闇が降りて輪郭がぼんやりとし始めた園内には三人が残された。

87 :
「…国府さん、会富も。遅くなってご…痛ぇ!」
「きゃーーっ!会富やめて!」
謝罪の言葉は、会富にグーで殴られ遮られた。
「礼は言わないわ。…30分あるわね。行ってらっしゃい」
じゃあね、とひらひらと手を振る。国府が戸惑う。
「え、会富」
「私は文具店で見積書と請求書と領収書買って帰るわ。辛島、礼を差し引いても高いわよ」
「…ありがとう」
「大事にしなさいよ…私からとったんだから」
会富は出口に向かう。
さっき辛島は国府を助けだしたあと、なりふり構わず抱きしめた。国府が目を回して大声で叫ぶまで抱きしめたままだった。
(気づくのが遅いのよ、もや島)
会富は心の中で毒づく。
いつ失うかわからない大切なものから、自分から離れるなんて会富には馬鹿げたことにしか思えない。
会えなくなってから後悔したって遅いのだ。なら、傷つけたって傷ついたって、歯をくいしばって涙を落として、それで繰り返し後悔して。
(離れなければいいんだわ)
会富は空を見上げた。まだ星は出ていなかった。
「…どうか幸せに」
──国府。仕方ないから辛島も。

88 :
「…行こうか」
辛島は国府に手を差し出す。おずおずと伸ばされた手が指先に触れて、辛島はしっかりと繋いだ。
植物のほかに呼吸するのは辛島と国府だけ。室内だから風は無いと思うのに、さやさやと木の葉ずれが聞こえる。
「…暗くなってしまった」
辛島が国府を見る。
「夜も綺麗ね」
国府が微笑んで答えた。
「…今日はごめん」
「ううん。辛島君と会えたから」
「…会富にお礼しなくちゃな」
「そうね。何がいいかなあ」
ふふ、と口元を綻ばせた。
「会富ね、辛島君は来ないって言うの。そのくせ、急病人の代わりに辛島君がバイトしてるんだって」
「…いい娘だね」
「とっても」
「会富から…聞いた?」
「…うん」
一息遅れた答えはそのまま国府の感情を表す。
室内灯で照らされた頬が紅潮していた。
辛島は立ち止まった。
「国府さんにしたいことがある」
「え」
「いろんなこと。僕は君が好きだ。離れてから後悔するのはごめんだ」
やっとわかった、辛島は続ける。
「一度手に入れてしまったら…離れられないんだ」
国府の手をぐっと引いて、よろけた彼女をきつく抱きしめた。
「え…か、からしま、くん」
国府が動揺し、腕をすり抜けようとするが辛島は離さない。可憐な花のような香りの髪に顔を埋めた。
辛島の胸に密着した国府の胸は、言葉の意味を理解してとくんと鳴る。
顔が熱い。
たった一度だけの、初めてのキスを思い出した。

89 :
「どうすれば、いいんだろう」
慎重に選ばれていた言葉が途切れた。続く言葉を探すのか、続かないのか。
少し待って国府は口を開いた。胸がどきどきする。
「私ね…辛島君が好き」
「うん」
「会富に聞いてから、私が辛島君の負担になってるのかもと思ってた」
「…それは違うよ」
国府は微笑んだ。
「私もわかったの」
──離れたくない、それだけしかいらない。
「だからね……してみて」
「えっ」
伏せられていた辛島の顔が動いた。耳朶にかかる息が少し乱れた。
「してみて困ったら…やり直せばいいと思うの」
「…うん」
「時間はあるわ。私は、離れないもの」
辛島が顔を上げた。抱きあっているせいで瞳に映るお互いが見えるほどに近い。
「…そうだね」
「そうよ」
国府は爪先立ちで、少し高い位置にある辛島の唇にキスをした。勇気を出しても、ただ重ねるしか出来なかったけれど。
「キスして欲しい時は頬に触れて。抱きしめて欲しい時は腕を広げて」
もっとしたい時は。そう言って国府は辛島の腕を解き、右手首をそっと掴んだ。
制服の上から自分の胸に置く。そこから鼓動が伝わるように。辛島が目に見えて動揺した。
「国府さ…」
「言葉を…飲み込むのではなくて、触れて伝えて」
「…うん」
「それでも伝えたいと思う言葉は言って欲しいの。辛島君のきれいな声を聞かせて」
とても身勝手で無責任かもしれないけれど。
「うん」
そのままもう一度抱きしめられて、三回目のキスをした。少しだけ長い、まだ幼い唇だけのキスを。

90 :
帰り道、繋いだ手があたたかい。外は少し風が出ていた。
「髪、大丈夫?」
「え?」
「あいつに掴まれてたから」
そっと、国府の髪に触れてみる。柔らかい、さらさらとしたその手触りにどぎまぎした。
「うん、大丈夫」
「…国府さんは、本当にいいの?」
内心の動揺を隠して、辛島は何気ない風に訊ねた。もちろん、その意味はたったひとつ。
「…うん。だって、やってみなくちゃわからないわ」
「…やって…って国府さん、ごめん鼻血が出そうだ」
鼻を押さえた辛島が、国府から離れて横を向いた。手の隙間の頬は赤い。
「えっ…あの…きゃーーーっっ!違うのそういう意味じゃなくてっ」
自分の言葉を辛島がどう聞いたか、遅れて気づいた国府は叫んでしまった。必で訂正しようにもどうしようもない。
その慌てぶりに、辛島がうひゃひゃひゃと下品な笑い方をして、それで。
「さっきの続き…楽しみにしてる」
きれいなきれいな声が、囁かれた耳元から、国府の中に広がった。
それは、赤い花が開くように。

91 :
終わりです

92 :
>>91
いい仕事見せてもらいました
GJ
あいかわらず会富が切なかわいすぎる(´;ω;`)
続き…ますよね?

93 :
GJ!
長文といっても人それぞれ、これからも頑張ってください

94 :
乙です。うーん、地の文がすごいいい。
あとナンバリングはやっぱあったほうがいいですね

95 :
こうやってスレのレベルが上がっていくんだね

96 :
スレ活性化につながったらいいのう
>>45
Wiki、前スレの滋×塔子がもれてるの発見した
自分は出来んかったorzので、申し訳ないが追加出来たらよろしく頼みます

97 :
>>96
前スレの>>764以外に滋×塔子あったっけ?
レス番(安価?って言うのかな)教えて

98 :
>>97
検索かけたら入ってた、確認甘くて申し訳ない
でも一応過去ログ見てきた>>746-749
履歴から前スレ現行スレ一覧で見ると表示されない?っぽい
スマンよくわからない

99 :
>>98
よかったw
見逃した1レスの作品とかあるのかなとか考えてた。
ついでに現スレの新作追加しとこ。
wikiに関しては俺もよくわからないからなぁ。
早く誰か代わってくれないかなw・・・orz

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