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2012年09月エロパロ52: 【田村くん】竹宮ゆゆこ 36皿目【とらドラ!】 (445) TOP カテ一覧 スレ一覧 Pink元 削除依頼

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【田村くん】竹宮ゆゆこ 36皿目【とらドラ!】


1 :2012/06/28 〜 最終レス :2012/09/09
竹宮ゆゆこ作品のエロパロ小説のスレです。
◆エロパロスレなので18歳未満の方は速やかにスレを閉じてください。
◆ネタバレはライトノベル板のローカルルールに準じて発売日翌日の0時から。
◆480KBに近づいたら、次スレの準備を。
まとめサイト3
ttp://wiki.livedoor.jp/text_filing/
まとめサイト2
ttp://yuyupo.dousetsu.com/index.htm
まとめサイト1 (閉鎖)
ttp://yuyupo.web.fc2.com/index.html
エロパロ&文章創作板ガイド
ttp://www9.atwiki.jp/eroparo/
前スレ
【田村くん】竹宮ゆゆこ 34皿目【とらドラ!】
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1295782102/

過去スレ
[田村くん]竹宮ゆゆこ総合スレ[とらドラ]
http://sakuratan.ddo.jp/uploader/source/date70578.htm
竹宮ゆゆこ作品でエロパロ 2皿目
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1180631467/
3皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1205076914/
4皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1225801455/
5皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1227622336/
6皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1229178334/
7皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1230800781/
8皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1232123432/
9皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1232901605/
10皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1234467038/
11皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1235805194/
12皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1236667320/
13皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1238275938/
14皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1239456129/
15皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1241402077/
16皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1242571375/
17皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1243145281/
18皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1244548067/
19皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1246284729/
20皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1247779543/
21皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1249303889/
22皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1250612425/
23皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1253544282/
24皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1255043678/
25皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1257220313/
26皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1259513408/
27皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1260805784/
28皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1263136144/
29皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1266155715/
30皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1268646327/
31皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1270109423/
32皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1274222739/
33皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1285397615/
34皿目http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1313928691/

2 :
Q投下したSSは基本的に保管庫に転載されるの?
A「基本的にはそうだな。無論、自己申告があれば転載はしない手筈になってるな」
Q次スレのタイミングは?
A「470KBを越えたあたりで一度聞け。投下中なら切りのいいところまでとりあえず投下して、続きは次スレだ」
Q新刊ネタはいつから書いていい?
A「最低でも公式発売日の24時まで待て。私はネタばれが蛇とタマのちいせぇ男の次に嫌いなんだ」
Q1レスあたりに投稿できる容量の最大と目安は?
A「容量は4096Bytes、一行字数は全角で最大120字くらい、最大60行だそうだ。心して書き込みやがれ」
Q見たいキャラのSSが無いんだけど…
A「あぁん? てめぇは自分から書くって事は考えねぇのか?」
Q続き希望orリクエストしていい?
A「節度をもってな。節度の意味が分からん馬鹿は義務教育からやり直して来い」
QこのQ&A普通すぎません?
A「うるせぇ! だいたい北村、テメェ人にこんな役押し付けといて、その言い草は何だ?」
Qいやぁ、こんな役会長にしか任せられません
A「オチもねぇじゃねぇか、てめぇ後で覚えてやがれ・・・」

3 :
813 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2009/01/14(水) 20:10:38 ID:CvZf8rTv
荒れないためにその1
本当はもっと書きたいんだがとりあえず基本だけ箇条書きにしてみた
※以下はそうするのが好ましいというだけで、決して強制するものではありません
・読む人
書き込む前にリロード
過剰な催促はしない
好みに合わない場合は叩く前にスルー
変なのは相手しないでスルー マジレスカッコワルイ
噛み付く前にあぼーん
特定の作品(作者)をマンセーしない
特に理由がなければsageる
・書く人
書きながら投下しない (一度メモ帳などに書いてからコピペするとよい)
連載形式の場合は一区切り分まとめて投下する
投下前に投下宣言、投下後に終了宣言
誘い受けしない (○○って需要ある?的なレスは避ける)
初心者を言い訳にしない
内容が一般的ではないと思われる場合には注意書きを付ける (NGワードを指定して名前欄やメ欄入れておくのもあり)
感想に対してレスを返さない
投下時以外はコテを外す
あまり自分語りしない
特に理由がなければsageる

4 :
小ネタSS投下
「アフターダークアフター ちょっとだけ番外編」

5 :

「はぁ……」
天井まで届きそうな深いため息を、今日一日で何度吐き出しただろう。
両の手足を使っても全然足りなさそうな回数なのは間違いなくて、元より真面目に数えるのも馬鹿らしく、私はまたも肺から憂鬱色した吐息を搾り出した。
今朝からずっとこの調子だ。正確には、昨夜の帰宅直後、ポストに投函されていたある封筒が目に飛び込んできたときから、だけど。
「調子、悪そうですね」
テーブルに突っ伏すか、時折思い出したように体を起こしては肩肘をつき、二酸化炭素をむやみに排出している私の向かい側に高須くんが腰を下ろす。
見ようによっては恐喝か、はたまた酷く機嫌が悪いのかもと取られがちな強面は、その実こちらを心配している表情だとわかるのは、それだけ私も高須くんの感情の機微を察せられるようになったからだろう。
ただ、そんな顔をさせてしまったというのも少々面目なく思う。
体調は概ね普段どおりだし、むしろ以前に比べて良好にさえ感じられる。
やっぱり外食と出来あいのものを買って済ますというだけのローテーションよりも、そこに手料理が加わると違うものよね。
最近では肌の艶も張りも、負の境界線を跨ぐ前のそれに回復してきたようにさえ思われて、美味しい上に健康にまで気を遣える高須くんの手料理から、私はもう離れられる気がしない。
いやもういっそ高須くんなしでは生きられないとさえ言ってしまおう。
心の持ちようなんて、ちょっと大げさなくらいでちょうどいいのよ。
けれどもまあ、か、通い妻?
家事をこなしているどころか、ただ食事にありつきにきているだけなのだけど、他に適当な喩えも見当たらないので便宜上通い妻としておきましょう。
夢の新婚生活まであと一歩と、リーチをかけているようなそんな通い妻もどきな生活で、悩みが全く無いということもない。
何事に関しても言えることだけど、代償というものはそれなりにあるもので。
「ほっときなさいよ、竜児」
短いながらもそりゃもう棘をふんだんに含んだ言葉で横から割って入ったのは逢坂さんだった。
「いや、でもなあ大河」
「まったくもう、誰かさんのおかげで陰気臭いったらないわ。ただでさえ、勝手に居つかれてるだけでも迷惑だってのにね。ねえ、竜児?」
取り持とうとする高須くんの気遣いも虚しく終わる。
実際そのとおりなのだから返す言葉もないとは言え、しかし押し黙る私にだって思うところはあったりした。
逢坂さん、貴女がそれを言うのはなんかおかしくないかしら。
ううん、絶対おかしい。
「ふんっ」
何らおかしいことなどないと、文句があるならかかってこいと、口にも出せない抗議を鼻息ひとつで吹き飛ばす。
常日頃高須くんとの距離を阻む彼女は今は私から向かって右手側、窓際に陣取り、まるで家長かなにかのように威圧感たっぷりで腕まで組んでいる。
堂に入ったその姿は、私と同じく高須くんのお宅にお邪魔している身とはとても思えないほどだ。
ここは自分の縄張りだと言わんばかり。
そこへ頻繁にやって来ては数時間は居座る私を目の敵にし、躍起になって追い出そうとプレッシャーを与えることを忘れない彼女は今日も今日とて不機嫌そうだ。
キリキリと吊り上がっていく目尻はその内垂直にまでなりそうで、のみならず、隙あらばと窺っているような妖しい光をたたえている。
普段なら萎縮するか苦笑いで誤魔化すところだったが、如何せん今の私には何をするにも億劫で、そんな余裕すらない。
せいぜいが、不満を込めて一瞥してやる程度。
「な、なによ、言いたいことがあるんならはっきり言えばいいでしょ」

6 :

怯ませたというほどでもないが、効果がなかったわけでもなかったようだ。
ちらりと横目で捉えた逢坂さんはそれまでの強気を一時引っ込ませ、不気味なものでも見てしまったような顔になる。
その理由はわかりきっていた。
わかりきってはいるのだが、素直に認めてしまうのは、なんだか癪だった。
……そこまで表に出てたのかしら、私。
そんな様をさっきから見られていたのかと思うと尚更渋みを増していきそうになる表情を両手で隠し、一際大きく嘆息をもらすと覆っていた手をバッグへと伸ばす。
「これ、見てちょうだい」
取り出したのは一通の封筒。
淵を金であしらい、箔を鮮やかな朱で押した、一見して招待状だとわかるそれを、私は逢坂さんに手渡した。
「はあ? ただの手紙じゃない。これがなんだってのよ?」
「……見ればわかるわよ」
くるりと何度か翻しては、しげしげと宛名に記してある私と、差出人である二人分の名前を見比べている逢坂さん。
この歳になれば見慣れすぎて目にするのも嫌なものだが、どうやら逢坂さんには馴染みの浅いものだったらしい。
それも当然かもしれないわね。
ほんの数年前、私が逢坂さんたちと同年代の頃にしたって、目にする機会はほとんどなかったもの。
逢坂さんの様子を隣で眺めている高須くんの方は薄々合点がいっていたようで、その確証である封筒の存在に、なんとも居た堪れなさそうにしていた。
「ああ、うん。よくわかったわ。ご愁傷様だったみたいね、今度も」
「はうっ……」
中身を開いての逢坂さんの第一声は、気の抜けたような、呆れたようなものだった。
それでいて憐憫の情も感じられて、昨夜から一向に冷めやらない惨めな気持ちに拍車をかける。
「あー、その、あんまり気落ちしないでもいいんじゃないですか。
 ほら、こういうのって遅い早いじゃなくてタイミングが肝心だそうですし。な、なあ大河?」
「知らないわよそんなの。私に振らないでよ」
フォローを入れてくれる高須くんにはありがたいやら、ありがたくないやら。
タイミングは確かに肝心だけど、できることなら早いに越したことはないのだ。
でないと私のように、やれ三十路だの、やれ独神だの、やれ行き遅れだのお局だの売れ残りだのいかず後家だの喪女だのと、それはそれは好き勝手に罵られてしまうものなのよ。
なにも悪いことなんてしてないのに、ただ人様よりも僅かに春が遅いというだけで、こんな後ろ指を差されるような人生が待っていただなんて。
私だって好きで三十路になったんじゃない。
ヒトリガミなんていう祟り神の親戚みたいな読み方もできる称号なんて欲しくなかった。
人生に三度訪れるというモテ期がもしもあるのなら、神様、どうかもったいぶらないで。
これを──このお式の招待状を寄越してきた彼女にしてもそうだったはずだ。
少なくとも、たった数日前まではシンパシーを感じられて、本当の意味で心を許せる数少ない友人だと信じていたのに。

7 :

「田中さん……いいえ今はもう山寺さんだったわね」
かつて心の友だった彼女へと思いを巡らせるべく、フッと遠くの方へと目を向ける。
残念ながら窓の外には逢坂さんの自宅があるマンションが聳えていて、味気がないコンクリートの壁以外、景色らしい景色なんてどうがんばっても視界に入ってこない。
そもそも視界そのものもゆらゆらと波打ってしまっていて、そろそろ我慢の限界が近いことを知らせている。
じんわり滲んできた涙が頬を濡らしてしまいそうだ。
さりげなく差し出されたハンカチを高須くんから渡してもらい、熱を持った目頭を拭うと、そのまま力の限り握り締めた。
「あんまりよ、あんなに約束したのに! 固く誓い合ったのに! それなのに!」
「あの、先生? さすがに近所迷惑なんで、学校と同じ調子で騒がれるのはちょっと」
「だって! だって! ううぅ〜〜!」
「ああもうっ、うるっさい。はいはい、聞きたくないけど一応聞いてやるから。それで、なんて約束したのよ」
心底どうでもいいという体の逢坂さんと、そして居心地悪そうにしながらも静かに耳を傾けている高須くん。
溜まっていた鬱憤に一瞬にして火の点いた私はもはやその勢いを止められず、教え子である二人に向かって胸の内をぶつけるように吐露した。
「私たちは生涯他人になんて頼らないで、お互い自由気ままな独り身ライフを貫こうねって、そう」
「ねえそれ真っ赤な嘘でしょう!?」
食い気味に突っかかってくる逢坂さんはどうでもよさ気だった態度を一変させ、話の腰を折った。
しかも言うに事欠いて、突然嘘だなんて。
これにはいくら温厚で人当たりがよく面倒見もいい、結婚した暁には良妻賢母という四字熟語を地で行くこと請け合いな私でも不愉快というものだわ。
「逢坂さん? 人が話をしてるのにいきなり嘘つき呼ばわりはないんじゃない? 先生、誓って嘘なんて」
「そっちじゃなくて!」
なんだというのかしら、まったく。
人の話を聞く気があるのかないのか、
またも私の言葉を遮ると、逢坂さんが人差し指を伸ばしてこちらを差す。
今にも意義有りとでもいうような威勢のいい声が聞こえてきそうだ。
「なにが約束よ、そうやって油断させておいて自分はさっさと抜け駆けする腹づもりだったんでしょ!?
 その田中さんがどうだったか知らないけど、あんた絶対そんな気なんてさらさらなかったんでしょ!?」
手厳しくも痛いところを衝いてくる逢坂さんを、私はキッと睨みつけた。

8 :

「逢坂さんにもいずれわかる時がくるわ。
 婚期を逃した者同士の、こいつだけは出し抜いてやるっていうほの暗い気持ちと、あと本当に相手が見つからなかった時の保険的なものとかがない交ぜになった、複雑な女の友情が」
「冗談じゃないわよ、そんなさもしい友情。それにお生憎さまね、私は来年辺りには、その、もう……ね、ね? 竜児?」
そんなものどこ吹く風と全く意に介すことなく、あまつさえ、こんな状況でそれっぽいような雰囲気に持っていこうとする。
図太いというか肝が据わっているというか、いやはやなんていうマイペースで、そしてあてつけがましさだろうか。
さもしい友情を築ける素養はきっと充分あるでしょう。
つい先日までさもしい友情に花を咲かせていた私が言うのだから間違いない。
と、高須くんへと同意を求めた逢坂さんがピタリと動きをとめる。
「大河ちゃん、来年がどうかしたの?」
いつからそうしていたのだろうか、高須くんのお母様が、高須くんの横にぴったりくっつき、ちょこんと座っていた。
私もそうだし、逢坂さんも全然気が付いていなかったようで少しばかり面食らっている。
「や、やっちゃん、起きてたんだ」
「あふぅ。あんなにやかましくされたら誰だって起きちゃうよ?」
「そ、そうよね。ごめんね、やっちゃん疲れてるのにうるさくして」
「う〜ん、っと。うん、今度から気をつけてくれればやっちゃんそれでいいよ〜」
お説教めいた台詞とは不釣合いなほわっとした柔和な笑顔と、小さなあくび、ちらほら跳ねている寝癖。
両腕を上げて体を伸ばしている仕草なんてもはやあどけなさすら伴っていて、まるで子供のようだ。
「おはようございますお義母様」
朗らかに挨拶をしただけで高須くんの影に隠れてしまうところも、子供そのものだわ。
ずいぶんとまあ、警戒されてしまったものね。
「だからぁ、やっちゃん竜ちゃんの先生にお義母様なんて呼ばれる覚えないよぉってずぅっと言ってるのに、なんでわかってくれないのぉ……?」
「そう仰らずに、お義母様もどうぞ私のことはゆりちゃんと親しげに、なんなら呼び捨てにしてくださっても」
「竜ちゃ〜ん、やっちゃんこの人のこと苦手……」
だめね、何をやっても裏目に出てしまう。
精一杯歩み寄ろうとするも、お義母様は取り付く島もなく、先ほどから向けられていたじとりとした目すら逸らされてしまった。
助けを求められた高須くんの方がよほど助けてほしそうで、傍目に見てもおろおろしている。
そんな高須くんが、逢坂さんが読んでから放置しっぱなしだったあの忌々しい招待状を見つける。
「そうだ。そういえばこれ、どうするんですか?」
これ幸いと話を変える高須くんに、数瞬考えた後、私は嫌々ながらも、もちろん出席するつもりであることを告げた。
あれだけ嘆いていたものだからてっきり欠席するのだろうと思っていたという高須くんと、それに逢坂さんに、
「どうしても、お祝いを言ってあげたくって」
さもしかろうが何だろうが、これまで培ってきた友情もある。
先を越されたことは悲しいに決まってて、でも、そんなことで途切れてしまうような浅い付き合いじゃあないのよ。
だからせめて、その日だけは心から祝福してあげて、末永くお幸せにと、おめでとうとお祝いの言葉を贈ってあげよう。
──ウェディング・ベルに乗せて。
                              〜おわり〜

9 :
おしまい

10 :
>>9
独身網が狭まりつつある…GJ

11 :
新スレ立ったので、投下したいと思います。
今回はまやドラです。お食事中の方にはちょっとアレなシーンもございますので、
ご注意をお願い致します。
一応、出来る限り包んだ表現にはしております。
題名:煮豆〜振れる心〜

12 :
――最近、麻耶の様子がおかしい。
奈々子は、目の前でファッション雑誌を眺める麻耶を観察していた。
普段と変わらない様子だけど、確実に変化が起きてる。
それは、別に麻耶にとって悪いことじゃないと思っている。
その変化に気付いたのは、わたしもつい最近のことだ。
最初は勘違いと思っていたけど、日を追うごとにそれは確信へと近づいていく。
ふと、麻耶が雑誌から視線を外し、横を見る。それに続いて、わたしもその方向を見た。
その視線の先には、仲良く話している高須くんと『まるおくん』こと北村くんがいた。
そう、これが今までのいつもの麻耶だった。
何かと北村くん、北村くんと忙しない、わたしの親友。
いつも目で追っていたり、何かにつけて北村くんに接近しようと試みる。
その大胆さや行動力は、わたしも見習うべきかもしれない。
北村くんが高須くんの席を離れ、自分の席に着席する。
高須くんは自分の席でノートを広げ、どうやらさっきの授業の復習をしているようだ。
強面で、生真面目で、掃除や家事がそこらの主婦よりもよっぽど上手。
あの三白眼のせいで、本当に彼は損していると思う。彼は、本当に優しい人だ。
それは、手乗りタイガーとのやりとりを見ていれば誰だって気づくこと。
だから、彼と関わった人が、彼に惹かれていくのもなんの不思議もない。
わたしの知ってる限りでは、4人が彼の優しさ、人となりに触れ、好意を持っている。
そう、彼を知れば知るほど、その想いは強くなっていく。

わたしは麻耶を見て、――その視線は、さっきとは別の場所を見ていることを確認した。

13 :

「ねぇちびタイガー、あんた毎日家でも高須くんのご飯食べてるんだしさぁ。
もう食べ飽きてるでしょ?その唐揚げ一個よこしなさいよ。てかあんたの弁当、明らかに量多いのよ」
「寝言はんでから言いなさい、腐れチワワ」
「くさ…!?ちょ、ちょっと言い過ぎなんじゃないかな〜?さすがの亜美ちゃんも怒っちゃうよ?」
「……………………言い過ぎ?」
「本気で不思議そうなツラしてんじゃねーよ、ちびトラ!!」
「はっはっは。相変わらず仲が良いなぁ、二人は」
「なんとー!!私が部活で忙しかった間に、随分大河とあーみんの仲が深まっちまったのか!!
いいんだよ、いいんだよ、大河。私は都合のいい、二番目の女でも…」
「「全然仲良くない!!」」
「……静かに食べるってことは…できないんだろうなぁ、このメンバーだと」
「ある程度騒がしいほうが、あたしは好きだけど。高須くんは静かな食卓が好きなの?」
「いや、別にそういうわけじゃねぇけど、限度ってものがだな…」
いつものメンバーが揃う、騒がしい昼休み。
竜児が五人分の弁当を作り始めて、早三ヶ月が経っていた。気付けば作る弁当の数が、また一人分増えた。
ある日、いつもの仲良し組で昼ご飯を食べていた時。
竜児と大河、亜美だけでなく、更に奈々子と麻耶の弁当の中身が同じことに気付いた実乃梨が、
「この弁当を作ったのは誰だぁ!!!!」
と大河の弁当を持ち上げながら妙に濃い顔で叫んだ。
突然のことに唖然とした一行だったが、「お、俺だが…」と竜児が小さく肯定する。
実乃梨は勢いよく竜児を見やり、その瞳を更に見開き、ずいっと竜児に一歩近づいた。
あまりの気迫に、竜児は思わず椅子の背に軽くのけぞる。そして、
「高須くん!君の手作り弁当を所望する!!」

ちなみに、実乃梨は「高須くんの手間にならない程度」に弁当をお願いするのだった。

14 :
そんな騒がしい弁当時間の中、話の輪にあまり入らず、箸も進んでいない人物がいた。
その表情に覇気は無く、
奈々子は隣に座っているその人物――木原麻耶に、耳打ちする。
(ねぇ麻耶、本当に大丈夫…?辛いなら、保健室にいったほうが…)
(…え?あ、だ、大丈夫だってば、もー。奈々子、本当に心配しすぎだってば)
麻耶は、二限目の体育が終わった辺りから、体調が優れなかった。妙に胃がむかむかするのだ。
そんな麻耶の目の前にあるのは、間違いなく大河がリクエストしたであろう、非常にこってりとした弁当。
唐揚げ、焼肉、角煮、しかもタイガーの弁当のみ白米ではなくなぜかチャーハン。もうわけがわからない。
(ホント、わっけわかんない、なにこの弁当、まじ最悪なんだけどぉ!!……美味しいけどさぁ)
美味しい。そう、高須竜児の弁当は、とにかく美味しいのだ。それは、体調が少し悪い程度では変わらない。
今日の弁当は少し辛いものがあるが、それでも麻耶は少しずつだが口に運んでいく。
一週間に一度の、最高の楽しみなのだ。たかだがこんなことで、手放したくはなかった。
それでも周りと比べ、どうしても箸の進みが遅く、徐々にそれが目立ち始める。
そして、それを見逃す手乗りタイガーではなかった。
「ん?どうしたのよあんた。全然箸進んでないじゃない。なに?いらないの?唐揚げいらないの?焼肉も?角煮も?」
「…大河、お前の弁当は他のより多めにしたんだぞ?まだ食う気なのか」
「大河は食っても太らない体質だからねぇ。…ぐっ、沈まれあたしの左手…!」
狙っていることを隠そうともせず、大河は麻耶の弁当を凝視する。
「ちょ、何言ってんのよタイガー!高須くんの弁当、いらないわけ―――」
思わず大声で否定しようとするが、
――あ、やばい。
突如、何かがせり上がってくる感覚をおぼえる。麻耶自身、滅多にない感覚なので忘れていた。
大丈夫と思っていた矢先にくるものであり、その状況になってはもはや話すことも難しい。
くるなくるなくるなくるなくるなくるな。
(もし、こんなところで――したら……クラスの皆にハブられる!!皆離れちゃう!!)
額に一筋の汗が浮かび、麻耶は顔を真っ青にしながらも何とかそれを抑えようとする。
尋常ではないその様子に、奈々子の表情が不安に曇っていく。
「ま、麻耶、本当に大丈夫…?」
それは、奈々子にとっては心配しての行為だったのだろう。
麻耶の背中に軽く手を添えて、顔を覗き込むような形をとる。
――その軽く添えた手が、しかし引き金となってしまった。

15 :
「             うぶっ」
そこまできてしまった後は、止めることなど到底不可能だった。
昨日の夕ご飯に食べた物から、夜にこっそり食べていたものまで、全てが逆流していく。
竜児の作った弁当が、自らで全て台無しにしていく様が、麻耶の精神をさらに追い詰める。
(あたし、最っ低…!こんな、お昼の教室でなんて…!高須くんの、お弁当になんて……!!)
心で自分に悪態をついても、尚も収まる気配がない。
出るものがなくなっても、喉を焼くような液がまだ昇ろうと麻耶を苦しめた。
そして、それがようやく落ち着いても、喉の痛みが治まることはない。
「カハッ……」
口内を、嫌な臭いと強い酸味が支配し、麻耶は身体的にも精神的にも満身創痍だった。
椅子に座っていたため、机から落ちたものが自分の制服を汚している。
事が過ぎた後、麻耶の目からボロボロと涙がこぼれ落ちていく。
突然の出来事に皆呆然とし、2−Cに妙な沈黙が広がっていた。
「だ、大丈夫か木原!!」
そんな中、奈々子より、北川より、誰よりも早く、竜児が麻耶のそばに駆け寄る。
ポケットからハンカチを取り出し、麻耶の口を優しく、ゆっくりと拭う。
「…っだ、だがず、ぐん…」
「しゃべんな木原、胃液で喉痛ぇだろ。今はとにかく息落ち着けることに集中しとけ。
大河、水の入ったバケツと雑巾を持ってこい!香椎、川嶋。木原を保健室に連れてってやってくれ。
ああ、制服も汚れてるから、体操着も持っていったほうがいいな。シミ抜きとか、俺のロッカーに入ってっから、
勝手に持ってってくれ。今は鍵掛かってねぇはずだ。
あと、木原の体調が落ち着いた時の為に、飲み物持ってったほうがいい。脱水症状起こすかもしれねぇからな」
テキパキと指示を出す竜児に、止まっていた時間が進みだすように周りもようやく動き出した。
大河と実乃梨はバケツに水を汲みに行き、亜美と奈々子が麻耶の隣につき、保健室に連れて行った。
残った竜児は、自分のロッカーからゴム手袋とマスクを取り出し、慣れた手つきで装着していく。
その眼は、すでに獲物を見つけて狂喜乱舞のハンターそのものであった。
「さて……掃除の時間だ……それも、とびっきりのなぁ…く、くく、くっくっくっく」
マスク越しに、竜児の口元が歪む。台詞も相まって、完全に危険人物と化している。
竜児と長くつるんでいる北村や春田達ですら、少し引いていた。

16 :
「すまん、木原。体調悪ぃのに、あんなこってりした弁当渡しちまって…」
「……………」
昼休み後の五限目が終わった後、竜児は麻耶の様子を見に保健室へと来ていた。
自分の弁当に、生焼けのものがあったんじゃないかと竜児は非常に狼狽していた。
しかし、亜美と奈々子から麻耶の体調が悪かったことが原因であったことを聞き、一先ず弁当が直接的な原因でないことにホッとした。
だがどんな理由があるにせよ、自分の弁当が原因なのは間違いない。その為、こうして謝りに来たのだが、
(ぐっ…木原、やっぱ相当怒ってるか…)
麻耶は布団にもぐりこんだまま、顔すら出そうとせず、返事もない。
麻耶が相当怒っていると、竜児は所在なさげにその場に立ち尽くし、片手で頭を抑える。
それもそうだろう。自分の作った弁当のせいで、麻耶が大勢の前で醜態を晒してしまったのだ。
真実、麻耶は竜児に申し訳なさ過ぎて、声を出すことも顔を出すことも躊躇っていた。
まず一つ、麻耶の体調不良についてである。
『寝不足の上遅刻しそうだったから朝食抜いて、体育で長距離走。とどめのお弁当、ね』
保健室の先生が呆れたように反復した時、麻耶は非常に居心地が悪かった。
要は、前日に遡り麻耶の生活態度のせいで、このようなことになったのだ。
そして二つ、竜児が麻耶の体調不良を知るすべなどあるわけがなかった。麻耶自身隠していたのだから、尚更である。
今回の弁当は大河の希望を汲んで作ったのだから、竜児が狙って作ったわけでもない。(一応野菜も入ってはいた)
自業自得であることは、麻耶自身重々承知している。
確かに、あの弁当がとどめになってしまったこともあり、多少なりとも不条理な憤りを竜児に持っている。
しかし、その気持ちはあまりに理不尽であることは麻耶自身分かっている。でも、持たずにはいられなかった。
誰かの所為にしていたかったのである。
結果、麻耶は布団から出ることができなかった。
「…次の授業始まるから、教室に戻る。木原は体調良くなるまで、ゆっくり休んでいてくれ。
 本当にすまねぇ、木原」
竜児の沈んだ声を聞く度、ズクッと心が痛む。自分の勝手さが、内側を息苦しくしていく。
――苦しい。高須くんの声を聞くたび、息苦しくなってく…!
たまらず、麻耶は耳を抑え音さえも遮断しようとした。しかし、それよりも竜児の二の次が早かった。
「俺ができることなら、何でもする。だから、また俺の弁当、食ってもらえねぇか。
凄く旨そうに食ってくれるから、木原に食べてもらいてぇんだ」
「……あたし、に?」
「お、おぅ!木原に、だ!!リクエストあるなら、何でも受けて立つぞ!!」
初めて麻耶から反応があり、竜児は思わず声に力がこもる。
麻耶はゆっくりと上半身を起こし、しかし俯いている所為で髪が下り、竜児から表情はよく見えない。
普段の天真爛漫な麻耶とはギャップがありすぎる静けさに、竜児は息を飲む。
「じゃあ、さ」
一旦、そこで麻耶の言葉が途切れ、
「今度、煮豆作ってきてよ」
「…え゙っ」

17 :
4円

18 :
結局、麻耶の心配とは裏腹に、あの時の騒動についてクラスメートが麻耶をどうにかする、なんてことはなかった。
それどころか、逆に麻耶を心配する声が多数(主に能登が)だった。
能登が一人、「高須が弁当に毒を盛ったんじゃないか」などと暴走していたが、三人の少女の鉄拳の前に崩れ落ちる。
正気に戻った能登は、もちろん竜児に謝った。というか土下座した。
ちなみに、他のクラスには、俗に言う『他人の不幸をネタにする』輩もいる。
が、そういった人間も、今回の件については全く関わろうとしなかった。
というか、手乗りタイガー、ヤンキー高須と仲の良い人物をネタにしたらどうなるか。
そんな命知らず、この大橋高校にはいるはずもなかったのだが。
そして、いつもの昼の時間。竜児がそれぞれに弁当を渡している中、
「おぅ、そうだ。木原、これもお前のだ」
「えっ」
麻耶は目をパチクリと瞬かせ、竜児から小さなタッパを受け取る。
中には、竜児があれほど頑なに持ってくることを拒んでいた煮豆が入っていた。
「約束、しただろ?お詫びも込めてるけどな」
体調が悪かったのは自分の体調管理のせいであり、竜児は何一つ悪くないことは誰もが知っている。
竜児はいつも通り、皆の分の弁当を作って持ってきただけだ。
それが、今回は大河希望の肉々(にくにく)しい弁当だったがために、不幸にも麻耶の体調と重なり騒動が起きた。
今回の件は、誰に非があるわけでもないのは明白だった。
――あたしがお弁当を台無しにしたのに、後始末まで全部やってくれた。
――それどこか、あれだけ作ってくるのを嫌がってた煮豆を、ちゃんと持ってきてくれた。
高須竜児という人は、どれだけお人好しで、どれだけ優し過ぎるんだろうか。
タッパを持つ麻耶の手に、知らず力が入っていた。
「ちょっと、竜児。あれだけ持ってくるの渋ってたくせに、なんでこいつの分だけあるのよ」
「こいつって、お前な…。だから、約束したってたった今言ったばかりだろ。
てか、家では作ってるし、お前はそれを食ってるからいいじゃねぇか」
案の定絡んできた大河に、竜児は呆れたように返す。それでも不満そうな大河だが、「チッ」と舌打ちをしつつも、
自分の席に座り弁当を広げる。
溜息をつきながらも、竜児も椅子に座り弁当を広げようとするのだが、ふと視線を感じて顔を上げる。
「……………」
(……な、なんで川嶋は睨んできてんだ。いや、よく見たら川嶋だけじゃねぇ。
香椎と櫛枝も、なんでそんな顔してんだ…)
奈々子はジト目を。そして、実乃梨は何とも言えない複雑な表情を浮かべて竜児を見ている。
なぜ、この三人の態度が急変したのか。刹那の思考の後、はっ、と竜児は結論に達した。
(まさか、ここまで俺の煮豆が人気だったとは…!!)
麻耶に煮豆を渡しただけで、この周りの反応である。竜児は煮豆を解禁してもいいかな?と思い始めた。
が、そこに悪魔の声が耳に入る。

19 :
「つまり、その煮豆は今は木原のもの、ということだな、高須。木原がOKを出せば、俺もあの煮豆を食べていいんだな?」
にやりと、北村は不敵な笑みを向ける。その瞬間、竜児にはあの悪夢のような光景がフラッシュバックした。
「…!ま、待て北村。お前、ま、まさか…」
大河の手から零れ落ちた煮豆。
それは、目の前にいる【北村 祐作】という男の手、ではなく鼻によって、暗黒に吸い込まれた。
その瞬間を、竜児は今でも夢に見て、うなされて目覚めるほどのトラウマとなっている。どんだけだよ。
「木原、よければその煮豆も俺にも――」
「き、木原、それだけは…それだけは…!!」
竜児が掠れた声で、悲痛な表情を浮かべながら懇願する。すでに少し涙目になっていた。
もちろん、麻耶が北村の頼みを無碍にするわけがない。その場の誰しもが思った。が、
「ダメ」
((っ!?))
「木原…!」
「……だ、ダメなのか?」
あの北村からの頼みを麻耶が間髪いれず断ったことに、奈々子と亜美は驚きを隠せずにいた。
奈々子は当然だが、亜美も麻耶の気持にはほとんど気付いていたのだ。
亜美は、普段は奈々子と麻耶の三人で行動することが多く、麻耶の口から「まるおが」「まるおに」「まるおの」という言葉を何回も聞いている。
人一倍、周りの心情に聡い亜美は、そうなんだろうとほぼ確信を持っていた。
だからこそ、尚更驚いた。と同時に、胸にチクリとするような、嫌な予感があった。
「この煮豆は、高須くんがあたしとの約束で、あたしの為に作ってくれたんでしょ?」
麻耶から真正面から見据えられ、竜児は思わず「お、おぅ」とどもる。
思えば、麻耶からこれまで真っ直ぐ見られる――いや、もはや見つめられる、だろう。
視線が重なったのは初めてじゃないか。竜児はそんなことを思う。
麻耶が、どこか自分のことを怯える様に接していたのは知っている。
何だかんだご飯を一緒に食べるようになっても、それがこのギラつく三白眼に慣れたことにはならない。
というか、大河達が異常なわけで、基本的にはそれが普通なのだ。
しかし、今、麻耶はしっかりと竜児の眼を見て問いかけた。
それに気付いたのは―――今、この場に竜児だけではなかった。
「うん、そっか…そうだよね」
竜児の言葉に、麻耶は何度も頷く。そして、その両手でタッパを包み、少しだけ。
「じゃあ、誰にもあげない!」
少しだけ、染まった頬で、麻耶は満面の笑顔を浮かべていた。

20 :
――最近、麻耶の様子がおかしい。
奈々子は、目の前で料理雑誌を眺める麻耶を観察していた。
普段と変わらない様子だけど、確実に変化が起きてる。
それは、別に麻耶にとって『は』悪いことじゃないと思っている。
その変化が更に強くなっていることに気付いたのは、わたしもつい最近のことだ。
最初は勘違いと思っていたけど、この間の件以来、それは確信へなっていた。
ふと、麻耶が雑誌から視線を外し、横を見る。それに続いて、わたしもその方向を見た。
その視線の先には、仲良く話している高須くんと『まるおくん』こと北村くんがいた。
そう、これが今までのいつもの麻耶だった。
何かと北村くん、北村くんと忙しない、わたしの親友。
いつも目で追っていたり、何かにつけて北村くんに接近しようと試みる。
その大胆さや行動力は、わたしも見習うべきかもしれない。
北村くんが高須くんの席を離れ、自分の席に着席する。
高須くんは自分の席で本を広げ、どうやら北村くんから渡された本を確認しているようだ。
強面で、生真面目で、掃除や家事がそこらの主婦よりもよっぽど上手。
あの三白眼のせいで、本当に彼は損していると思う。彼は、本当に優しい人だ。
それは、この間の騒動を見ていれば、誰だって気づくこと。
だから、彼と関わった人が、彼に惹かれていくのもなんの不思議もない。
わたしの知ってる限りでは、5人が彼の優しさ、人となりに触れ、好意を持っている。
そう、彼を知れば知るほど、その想いは強くなっていく。

わたしは麻耶を見て、――その視線は、さっきと同じ位置であることを確認した。

21 :
以上です。麻耶さんこんな役をやらせてしまってごめんね。
久々に書こうと考えて「とりあえず煮豆かな」と突貫で書きました。
煮豆がなければ即であった。
また次回の作品も、よろしくお願い致します。

22 :
>>21
何故煮豆w
大変楽しく読ませてもらいました。次作期待してますね

23 :
新スレたったと聞いて覗いてみたら
煮豆のひと来てたーww
竜児と同じくドキドキしてしまった

24 :
煮豆ネタ懐かしいwww

25 :
>>7
>「田中さん……いいえ今はもう山寺さんだったわね」
笑たw

26 :
いい時事ネタw

27 :
お二方とも古参乙(いい意味で)
前スレで独神SS探してたひとがいるけどだけどグンタマさんのだけど独身は元祖にして至高のSSだから
おすすめ。
まじ続きが読みたいんだぜ
麻耶ドラもあんまないからおふたりとも続きを期待しています

28 :
タイトル『遅く起きた朝に』
どちらかというと原作寄り、ちょっとヘタレな竜児主役の物語
設定は原作途中からのifストーリー、社会人になった竜児達が出てきます
回想シーンが多いので原作知らないと意味不明な所があると思います
長い上に、エロは……ほとんど無いです
ちょっと鬱々とした表現箇所があるので、気に触った方はNGIDして下さい

次スレからお借りします

29 :
『遅く起きた朝に……』


 木々の緑がようやく色付き始めた春先の頃、
 見慣れぬ部屋で目覚めた俺は彼女と同じベッドの上に居た……

 ―――― 【01】
 まどろみの中、再び眠りに入ろうとする意識を無理やり引き剥がしてまばたきをする。
薄く開けた視界の中にぼんやりと白い天井が映りこむ。カーテン越しの光量の為か、ほの
かに薄明るい室内は、今が昼近い時間である事を示している。
 見慣れない天井をボーっと眺めながら、意識を覚醒させ思考を巡らそうとするが、
「頭痛ぇ……」
 二日酔いの残滓にこめかみをしかめ、竜児はふたたび瞳を閉じてしまう。
(えーと、今日は土曜だった…よな…)
 普段のローテーション通りなら今頃朝食をすませて、掃除と洗濯でもしてる頃だろう。
学生だった時と違い就職して一人暮らしを始めてからは、ごくまれにだが食事の手抜きを
する様になった。
 泰子が和解した爺ちゃん達と実家で暮らすようになったのを契機に、俺は勤め先の沿線
にアパートを借りて一人暮らしを始めた。結果、自分一人の為だけだと、食事を作る気が
しないという、よく聞く主婦の言い訳には俺も同意せざるをえなくなった。
 まあ、二日酔いの翌日位は許されるだろう。
(ワインが効いたのかな……)
 親の遺伝のお陰か、アルコールにはかなり耐性があると思っていたのだが、ワインとは
相性が良くなかったらしい。飲み慣れて無い上に、相当量飲んだ事と相まって悪酔いした
様だ。
 これからは気をつけるとしよう。
(え〜と……)
 甘い花の様な香りがする、オードトワレだろうか……。
 寝起きの頭で昨日の記憶が思い出そうとするが、思考力の鈍った脳みそはウンともスン
とも動き出してはくれない。……昨夜は誰と飲んだんだっけ……?
(んっ?トワレ?、……見慣れな……い?)
 唐突に首から背筋の辺りにかけて、ぞわっと皮膚が粟立つ。何かの悪寒を感じたのか、
実際に寒かったのか分からないが、ぬくもりをもとめて無意識に布団をたぐり寄せようと
する……。が、何かに引っかかっているのか、布団はビクとも動かない。
 そっ〜と、瞳を開け身動ぎもせず、視線だけをゆっくりと巡らせて行く……。
 視界の中に入ってきたのは白を基調とした、清潔感のある八畳程の洋室。部屋の中には
鏡台と机、それに部屋の大半を占める大きめのベッド。シンプルなガラス地のデスクの上
にはセンスの良さを感じさせる小物類が、絵葉書やフォトフレームと並べられ、壁には外
国の古い映画だろうか、アートパネルが掛けられている。ベッドの上には枕と色とりどり
のミニクッションと俺、高須竜児。
 ……だけではなかった。


30 :
 ベッドの端の方、そこにはシルクの布団にくるまった女がこちらに背を向け、穏やかな
寝息を立てている。チラリと覗く真っ白な背中が扇情的で、思わず視線を逸らしてしまう。
 大きく深呼吸、アナタハダレ? ココハイッタイドコデスカ……。
 あわてて起き上がろうとするが、そこではじめて自分が服を着てない事に気が付いた。
そして、それは彼女の方も同様だろう。高級そうなシルク地の布団をまとってはいるが、
そこから大胆にはみ出した肩と脚は、どう考えても寝巻きを身に付けているようには思え
ない。あまりの衝撃に、自分の腰より下の状態を確認する気もおこらない。
 掻き抱くように巻きつけられたシルクの下には、彼女のボディラインが浮かびあがり、
色香を損なうどころか、より扇情的な演出道具として効果を現している。
 腰まで伸びた、青みを帯びた長い髪は……、
 青みを帯びた……、長い髪……だ、と……。
 ……この後ろ姿に自分は確かに見覚えがある、どころの話ではない。
 ここにきてやっと昨日の記憶が、酔い潰れるまでの記憶が、朧げながらに蘇ってきた。
耳の奥で水の流れるうねりの様な音がこだまし、一気に血の気が引いていく。俺の表情は
真っ青になっていた事だろう。
 誰かが見ていたならば悲鳴を上げる事、間違いなしだ。
 不本意な話だが、俺はこの感覚を懐かしいと思ってしまった。けっして平凡とはいえな
かった学生時代、何か騒動が起きる度にこんな感覚を味わったもんだ。あいつらときたら、
どいつもこいつも問題児ばかりで……。
「って、そんな場合じゃねえよな」
 と、言いつつも俺は彼女に声を掛ける決心をするのに、たっぷりと三分以上の時間を要
してしまった。こっそりと逃げ出す事も一瞬だけ頭の中をよぎったが、その案は却下した。
終身刑が刑になるだけだ。
「か、川嶋っ……」
「ん……」
 元大橋高校の同級生であり、現役モデル。最近は雑誌だけでなくTVなんかにも出たり
してるらしいが、要するに俺にとっては昔馴染みの知り合いだ。そして、ここが大事な所
なんだが、俺と川嶋の間柄はただの友人関係であって、同じベッドの上で朝を迎える様な
睦まじい中ではけっして無い!
 少し惚けた顔で川嶋は側に転がっているクッションを抱き寄せ、まどろんでいる。まだ
夢の世界に居るのか、寝ぼけている様だ。
 青みを帯びたツヤのある長い髪は、細い肩から背中へと流れ落ち、ベッドの上で小さな
せせらぎを作っている。俺は視線を外す事も出来ずに、うなじから鎖骨のラインに沿って
視線を下らせる。その先にあるのは、まとったシルクの圧力に負ける事無く、自己主張を
行う豊かな双丘と谷間が……、違う、違う!!
 巨乳なら泰子で見慣れている筈だが、そんな事に何の意味もなかった。そもそも、いま
だに俺が女性を苦手とする事実に変わりは無い。しかし、彼女の肢体から視線を外す事は
出来なかった。
 学生時代と違い、あどけなさや未成熟だった部分が姿を消し、大人としての色香を身に
まとった川嶋亜美は、男にとっては劇薬に等しい。俺に扱える訳がない、間違いなく爆発
させてしまうだろう。
「ヴ〜、頭痛い……」
 横に転がったまま、川嶋の視線はゆっくりと室内を漂い、俺に焦点を定める。
「高須……く……ん?」
「お、おぅ……」
「……」
 俺達は瞬きを忘れたかの様に、お互いの顔を凝視していた。たっぷりと、一分は見詰め
合ったかだろうかという所で、川嶋は落ちつかなげにキョロキョロと再度室内を見回す。
鏡に映った自分の姿を確認した所で視線を身体に落とし、両の腕で身体がそこあるのを確
認するかの如く、さかんに撫でまわしている。
 俺はこの時、このあと起こるであろう事態を正確に予見する事ができたと思う。なんの
対策を講じる事も出来なかったけどな……。

31 :
「信じられないっ! 信じられないっ! 信じらんなーいっっっ!!」
 川嶋は枕やクッション、ベッドサイドに置いてあった小物を、次々と俺に向かって投げ
つけて来た。堪らず、ベッドから転がり落ち、部屋の隅へと身を隠す。トランクスは履い
ていた、セーフ。
 信じられない、という気持ちにおいては俺もまったく同様なのだが、そんな事が言える
筈もなく、飛来する弾丸に防戦一方に追い込まれる。
「あんた、あたしが寝ている間に何したのよっ!!」
「おうっ……!」
「高須くんは、こんな事する奴じゃないって、信じてたのに……。酔い潰して、エロい事
するとか、どんだけよ! こ、このっ、ケダモノ! ヘンタイ! 人間失格! 犯罪者!
 ニブチン! おばさん男!」
 どさくさに紛れて好き放題、言ってやがる。いや、今はとにかく誤解を解くのが先か。
「ち、違う。お、落ち着け! わっ、わっ、目覚ましは止めろ!!」
「女の敵、あんたにまさかこんな甲斐性があったなんて想像もしなかったわよ!」
「どういう意味だよっ! お、落ち着けっ、川嶋! 俺とオマエが寝……、ど、どうにか
なったなんて、無いかもしれん。って、いうか俺も記憶が飛んでて、マジに何も覚えてな
いんだよ!!」
 俺の絶叫に、古代ローマの英雄もかくやと、シルクをトガの様に身にまとい、目覚まし
時計を槍が如く投擲の体制に構えるは、女神か悪魔か。動きを止めた川嶋は、疑わしげな
視線で俺を睨み、次の言葉を待っている。
「こ、こんな状況だから言ってしまうが、未経験者の俺がちゃんと何かしらできた可能性
なんて、無い、無い! キスだってした事ねえんだからっ!!」
「……マジ?」
「マジ、マジ! 神に誓って童貞ですっ!」
 ヤケクソ気味に宣言してしまう。
「きっと、二人共、酔ってそのまま寝ちまったんだよ。そ、そうに違いねえ、二人は清い
関係だ!」
「ぷっ……、高須くんてばしょーもなっ」
 俺のぶざまな宣言に心持ち落ち着ついたのか、柔らかい表情を取り戻し肩の力を抜いた
川嶋は目覚ましを置いて笑っている。どうやら信用してもらえたらしい。
 やっぱり、こういう時は日頃の行いが物をいうよな。単にチキンだと思われただけかも
知れないが、ここは誤解が解けただけで良しとしておこう。
 落ち着いた所で、自分の姿がいまだにパンツ一枚である事に気付き、着ていた筈の衣服
を慌てて探す。ベッドの下に、折りたたまれたワイシャツとズボンを発見して、苦笑いが
込み上げてしまう。記憶もあやふやになる位飲んでた癖に、どうやら俺は衣服をたたんで
から寝たらしい。几帳面なのもここまでくると、我ながらどうなんだろうかと思ってしまう。
 とりあえず部屋を出て服を着ようと、衣服を手に取った際、小さな布切れが服の合間か
らポロリと床に落ちた。拾い上げ、なんだろうかと両手で拡げて確認すると、それは繊細
な刺繍に彩られた高級そうな下着……、女物のショーツだった。
 そっと振り向き、川嶋の姿を横目でうかがう。何かに集中しているのか、こちらに背を
向け服代わりにまとったシルクの布団の中で、モソモソと動き回っている。どうやら、今
の光景はバレずに済んだらしい。気付かれないように、下着をそっとベッドの下に戻して、
見なかった事にする。
「川嶋、俺、向こうでちょっと着替えてくるから」
 しかし、答える声は無く、妙な沈黙に振り向けばいつの間にかこちらにの方に向き直り
顔色をやけに悪くした川嶋がいた。
「高須くん……」
「ん、なんだ?」
「何がっ、清いままだ! このっ、中出し男っ!!」
 幸運な事に投擲された目覚ましは当たらなかった。


32 :
 咄嗟に服を掴み取って逃げ出せたのは、我ながら僥倖だったと思う。でなければ、いま
この瞬間もパンツ一丁でリビングに佇む自分のマヌケな姿に、気持ちはドン底へと落ちて
いただろう。
 とりあえず衣服を身に付け、椅子に腰を降ろして一息つく。逃げ出してきた部屋の扉を
そっと伺い、何の変化もない事を確認する。とりあえず、中の魔物は落ち着いてるようだ
が……。
 ダイニングテーブルの上には、昨夜の宴の痕跡が残されていた。様々な料理の皿と空に
なったワインのボトルが、一、二、三……、二人でこんなに飲んだのかよ……。
 改めて室内を見廻し、昨夜の出来事を思い返してみる。ただし、記憶を無くす前までの
話しだが。

 俺達、元大橋高校二年C組の腐れ縁は、途中色々ありつつも、卒業後も途絶える事なく
続いていた。各々が社会に出た現在、常に全員が集まれるわけではなかったが、その都度
機会を設けてみんなで飲んだり、遊びに行ったりという具合に楽しくやっていた。
 いちはやく社会人として自立しており、なおかつ都内のマンションで一人暮らしをして
いた川嶋の自宅は、パーティー等をする時の会場として、何度か利用させて貰っていた。
先月、櫛枝の壮行会をした時も、ここだった。
 今回もそんな流れで、集まる事になっていたのだが……。
「おー、いい感じに焼きあがったぜ」
 オーブンの中には、絶妙な焼き加減で仕上がったローストチキンが待機していた。扉を
開けると、食欲をそそる香りが室内に充満する。インコちゃん、ゴメン……。今回だけは
見逃してくれ。
「ガスオーブンはやっぱいいよな〜、でも高いし場所とるからなぁ」
 料理は既にあらかた仕込みが終わり、後は仕上げの一部と盛り付けを残すのみとなって
いた。みんなで集まる際、もっぱら俺は調理人として重宝されていた為、この日も料理の
仕込みを兼ねて、他より早く川嶋家に訪れ、料理の仕込みふけっていたという訳である。
「うん、了解ー。そういう事なら仕方ないわね、お土産あるから時間出来たら、いつでも
構わないから取りに来てよ」
 隣の部屋で電話していた川嶋がキッチンに戻りつつ、携帯を閉じる。ゆったりとした、
デニムレギンス、バッククロスのストラップキャミソールの上にスラブ地のカーディガン
を羽織り、ストレートの長い髪は後ろでポニーテール風に纏め上げている。コンセプトは
南欧風ナチュラル系美人、といった所だろうか。内輪の集まりということもあって、化粧
もリップ程度で、シンプルな感じに留めている。


33 :
「いい香りね、バッチリじゃん」
「香椎、何だって?」
「奈々子もアウト。研修が1日伸びて、戻るのは明日以降になるらしいわ」
「この時期は決算とか、部署換えとか色々あって、みんな結構忙しいみたいだな。川嶋も
一昨日まで海外だったっけ?」
 酒の肴用に用意しておいた、鶏レバーとアボガドのディップをさり気なく失敬して口に
運んでいる。お行儀が悪い。というか、大河と同レベルだぞ、川嶋。
「サラリーマンは大変だね。あたしはヨーロッパ巡り。まあ、下見と写真撮影だけだった
から楽だったけどね」
「相変わらず、羨ましい話だな」
「そういう高須くんは、大丈夫なの? 金曜の夕方早くに仕事抜け出してくるとか、既に
仕事干されてんじゃないの?」
「俺はちゃんと仕事を終わらせてから、あがっただけだよ。これでも会社期待の優良社員
なんだぜ」
「え〜、その顔で優良とか言われてもウソ臭いんですけど。わかった、老夫婦の土地とか
脅して地上げとかしてるんでしょ! 亜美ちゃん怖〜い」
「お前な……」
 楽しげに笑いながら、次の獲物に手を出そうとする川嶋を、俺は視線だけで牽制する。
「まあ、冗談はともかく。祐作のバカに、ちゃんと余裕もってチケットとるように言っと
いてよ」

 北村は現在も大学に在学中である。在籍できる限りは学び尽くす、というスタンスの元、
海外留学やら色々な制度を活用し、海外と国内を行ったり来たりしている。本来なら昨晩
には国内に戻っている予定だったのだが、飛行機のチケットを確保するのがギリギリ過ぎ
てまだ米国に居る、……ということになっている。
 俺だけが知っている事実なのだか、実際はある人とのやり取りを優先した為、こちらに
来る予定がズレたというのが本当の話。先日、とうとうデートに誘い出す事に成功したと
いう報告を受けたばかり。陰ながら、さんざんアドバイスや応援をしてきた甲斐があった
というものだ。帰ってきたら、戦果を聞かせてもらう事になっている。
 香椎奈々子は短大を卒業後、資格を取って歯科衛生士の職に就いている。その事を皆で
祝おうかと相談していた時、何を勘違いしたのか春田が階段から転げ落ち、『奈々子さま
の病院へ運んでくれ〜』と騒いだのはつい最近の事だ。
 彼女も急な予定が入ったらしく、来れなくなったらしい。
 ちなみに、大河は実家で家族サービス中。なんでも、今度弟が小学校にあがる為、その
準備で母親と二人して色々盛り上がっているらしい。櫛枝は現在日米野球の交流イベント
で渡米している。実家が内装業を営んでいる春田は、入退去の多いこの時期は書き入れ時
で、休日返上で働かされているらしい。能登と木原も同様で、それぞれに仕事が忙しく、
今回は当初から不参加。


34 :
 そして、現在二人の目の前には大量の料理が残された訳だが……、
「どうする? 残念だが、次の機会にするか?」
「どうすんのよ、この料理?」
「全部とはいかないが、保存できる物はタッパにでも入れとくぞ。そうすりゃ、レンジで
暖めるだけで、好きな時に食べられるしな」
「相変わらずあんたは所帯じみてるわね。オカンか、つーの」
「……オカン体質で悪かったな」
「大体、こんなカロリー高いものばっか、一人で何食も食べられないわよ。亜美ちゃんの
モデル生命、終わらす気?」
 今回の集まりは、具体的な理由があった訳では無い。しいて云うならば、北村の帰国の
タイミングと、川嶋が仕事で海外を巡ってきた際に、ちょいといい食材やワインを仕入れ
てきたので、みんなでそれを楽しもうという感じの流れだった。
「お前さんも、海外からの仕事明けで疲れてるんじゃないのか?」
「それは問題ないわよ、しばらく仕事はオフだし。どっちにしろ、いま食べちゃわないと
ダメな物もあるんでしょ?」
「まぁ、そうなんだが」
「いいわよ、たまには二人で飲むのも悪くないじゃない? 高須くんもせっかく腕により
をかけて、ご馳走作ってくれたんだしさ」
 久々の二人だけの掛け合いに、学生時代の懐かしい気持ちを思い出す。みんなで集まる
事はあっても、俺は誰かと二人だけになる事は、あの件以来、避けていたからだ。
「なに? それともあたしとじゃ、御不満だとでも? こ〜んな美人と二人っきりで食事
だなんて、『緊張して何もノドを通らねぇ』って事なら理解できるんだけど? ってか、
これ高須くんから金貰わないと、割りに合わなくね?」
 川嶋は得意げな表情を浮かべながら、悪態をついている。いつもより、はしゃいでる様
に見えるのは、俺の気のせいだろうか。
「おい、おい。せめて、御代は調理分で勘弁してくれ」
「じゃっ、けって〜い。特別にまけといたげるわ。亜美ちゃん、お腹ペコペコよ」
「よし、保存が利いて食べきれない分を冷凍しちまうから、ちょっと待っててくれ」
「オッケー、今回は向こうでとびっきりのワインも手に入れてきたのよね」
「おぅ、そいつは楽しみだ」
「グラス出すわね」
 会心の出来の料理と極上のワイン。互いに飾る必要もなく、気心のしれた友人との会話
に話も弾み、食卓の上はワイングラスに反射する光の様にキラキラと輝いていた。
 川嶋の海外での仕事の話や、たわいも無いお互いの日常の出来事を、冗談やからかいを
会話に含ませ、涙を浮かべてるほど笑いあう。当然の如く酒量も進み、それが益々会話を
弾ませる。
 この時の二人は間違いなく男女の垣根を越えた、最良の友人といえる関係だった。
 そして、俺達は酒精の悪戯に記憶を失うほど酒を浴び、ひとつのベッドの上で遅い朝を
迎えたのだ。


35 :
 ―――― 【02】
「ちょっと、頭冷やしてくる」
 スウェット姿に着替えて部屋から出てきた川嶋は、俺に声を掛ける隙も与えずに、その
一言を残して洗面所の方へ消えて行った。わずかな間おいて、水の流れる音が微かに聞こ
えてくる。
「あぁぁぁ、最悪だ……」
 自分は決して父親の様な事はしない。誰に対しても不誠実と後ろ指を差される様な生き
方はしないと誓って生きてきたのに、よりにもよって友人である川嶋に対してこんな事を
してしまうとは……。しかも、その、なんだ、避妊もせずに、…中…出し……とか、
「――うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 酔っぱらって記憶がなかったとはいえ、過ちですまされるレベルの話でじゃねえ。今は、
ただ頭を抱えて唸るだけ。もしも、昨日の自分に会えるのなら、自分で自分を殴ってやり
たい。そりゃ、もうボッコ、ボッコに。
 それで許される筈も無いだろうが、川嶋の気が済むのなら、土下座でも、土下寝でも何
百回だろうとするだろう。

 普段より熱めシャワーを、足元から順に浴びていく。本当はゆっくりと湯に浸かつかり
たい所だが、流石にそれは諦めた。身体が温まったきた所でノズルを壁に掛け、シャワー
の水流の中に頭を沈み込ませる。長い髪が体に纏わり付くが、気にしない。
「あたしが罪悪感もって、どうすんのよ……」
 瞳を閉じたまま、呟いた言葉は浴室の中で誰にも届くことなく、水の音に紛れて消えて
いった。
 よくよく考えてみれば、リビングに高須くんが居るというのに、シャワーを浴びてくる
というのも、どうなんだろう。恋人同士ならともかく、今のあたし達の関係はあまりにも
特殊すぎた。しかし、あの状況ままで会話を続けるなんて事はありえないし、冷静になる
時間も欲しかった。仕方がないと諦める。
 正直、今の内に出て行ってくれた方が気が楽かな、なんて事もちょっと考えてしまうが、
高須くんにそんな度胸は無いだろう。クソ真面目なヤツだし、流石にただの過ちだったで
済ませる訳にもいかない……、と思う。
「親友に、慣れると思っていたのにさ……」
 そう、ひとりごちてしまう。
 男女の間での友情は成り立たないと信じていた亜美にとって、高須竜児は唯一その例外
となりえる可能性を持った男性だった。今回の様な事がなかったならば、将来においても
良き友人、親友と言える間柄になれた様な気がする。それを、あたしは壊してしまったの
だ。本当に……、あたしは、それでいいと思っていたのに。


36 :
 水の当たる心地よい感触に、二日酔いの頭も大分すっきりしてきた。多少はマシになっ
た頭で、現在の状況を整理してみる。
 高須竜児と一線を超えてしまった、その事実にリアリティはない。何故なら、さっき彼
にも言った通り、昨夜の事は本当に覚えてないのだから。不確かな……、夢の中で何かを
充たされた様な感覚も残っていない訳ではなかったが、目覚めと共に全て泡の様に消えて
しまった。今は単なる事実としての現実が、より重くのしかかっているだけ。
「あっ……」
 そんな想いを抱いて所為だろうか……、今ある現実を突きつけられるかのように、尿意
のような感覚と共に局部の間から白くねっとりとしたモノが溢れ出し、ふとももを伝って
足元に流れ落ちていった。妙な背徳感を感じながら、水流と共に流れていったものを呆然
と眺めやる。
 亜美の身体の中には竜児のものであろう残滓と、行為の跡が残っていた。それが、現実。
 先程もシーツに包まり、確認して分かっていた事だが、これで二人の間に何も無かった
とは流石に言えはしない。注意をしてよく見てみれば、首筋や鎖骨、胸の周辺から太もも
に至るまで、あちこちにうっすらと赤くなっている箇所がある様な気がする。
 キス、マークだよね、これ……。
 自覚した途端、気恥ずかしさが浮かび上がり、身体の奥の方で何かが音を奏で始める。
鏡に映ったあたしの顔は、まるで茹でだこのように真っ赤になっていた。一時的にだが、
罪悪感より羞恥心の方が勝っていく。
 バスルームの鏡にうつった自分の姿は、学生時代から公言してた様に完璧なスタイルを
維持しているとの自負はある。美しさという点において、どうひいき目にみても同世代の
女共に負けてるとは思わない。
「あたし、高須くんと、しちゃったの!?」
 改めて認識した事実に、鏡の向こうの自分に思わず語りかける。
 あの、高須、竜児と、……!!
 両の手でみずからの身体を抱きしめ、身体の底から沸き上がる熱を、懸命に押さえ込む。
シャワーによってあたためられた温もりとは違う熱さに、いつから自分の身体はこんなに
熱を持つようになったのだろうか。
 首筋につけられたキスマークのひとつを、指の先でなぞってみる。その指先を、そっと
唇に這わせ、想像の扉に翼を生やす。こんなあちこちにキスをされたのだ、口づけもして
しまったのだろうか……と、間抜けな事を考えてしまう。
 それどころか、身体中に残るキスの跡から考えて、何もかも全部見られてしまった筈だ。
自信があるから見られても平気という訳では無い。ソレとコレとは話が別だし。
 自分はどんな反応をしたのだろうか? どんな嬌態を見せたんだろうか? マグロの様
に寝てただけとか……、それはそれでイヤすぎる! 
 いや、二人共覚えてないから大丈夫……って、ありえなくね?
 今回の仕事で水着撮影があって、本当に良かった。お手入れは念入りにしといたから、
ボーボーではない。てか、亜美ちゃん別にそんなに毛深くない……、よね?
 先日までの仕事が海外だったからトラブルも考慮して、余裕のあるスケジュール立てと
いてくれたマネージャーに大感謝。今のままじゃ、カメラの前に立てねーし。
 そもそも、どっちが誘ったのっ!? もしかして、あたし!? あたしが、高須くんを
押し倒しちゃったとか! ありえねえつーの!!
 ハァ、ハァ……と荒い息をつきながら、とめどない妄想と後悔の波が交互に押し寄せ、
のた打ち回りたくなる。全然、かっこよくないし、あたしらしくないじゃん。まあ、現実
なんてそんなもんだけどさ……。


37 :
「は、はは……、それ以前にどうすんのよ。あいつとの関係……」
 ため息と共に吐き出された言葉の意味に、あたしは自問自答してみる。二人の間に起き
た、新たな関係をあたしは喜んでいるのだろうか、悲しんでいるのだろうか。あたしの彼
に対する感情は複雑で、簡単に一言でなんか言い表せられない。
 高須くんは昨夜の事を覚えてないと言っていたが、それは彼おとくいの相手を気遣った
ウソかもしれない。しかし、そんな事がある筈もないとすぐに気付く。そもそも、彼には
あたしを求めてくる理由が無いのだから、ウソをつく必要もないんだよね……。
 気分が沈み込んで、またいつもの繰り返し。結局、あたしはあの頃からちっとも成長出来て
ない。臆病でバカなチワワ、ばかちーだ。
 それに加えて、現実的に考えなければいけない問題点もある。
 前回の生理は、確か麻耶と奈々子の三人でショッピングをした時に来た筈だから……、
ひー、ふー、みー、よー……。指折り数えて計算してみたが、微妙に安全日を外れている
様な気がする。
 もし、妊娠という事になれば、自分の人生は今後どの方向にシフトしていく事になるん
だろう。その想像は身の回りの仕事仲間で実際に見てきただけに、具体的なイメージを伴
った恐怖として感じてしまう。
「ホント……、笑えないよね」
 あたしの心は自己嫌悪に落ちていく。
 そして、ひとつ思い起こす。彼は気付いているのだろうか、あの事実に。流石にこの事
を告げる気にはなれなかった。何より、恥ずかしくて言える訳がないし、女としてのプラ
イドもある。
 そんな葛藤やら、自責の念やら、色々と落ち込んでいたりした訳だけど、このままでは
のぼせてしまうと、手早く髪を洗う作業入る。腰まであるあたしの髪は、洗うのにも乾か
すのにも非常に時間が掛かってしまうからだ。

 バスローブを身にまとい、髪の水分をタオルでしっかり吸わせた後、軽くドライヤーを
かける程度に留めて、ヘアバンドで前髪が垂れてこないようにアップする。化粧水だけは
流石に外せない。
 本来ならばもっと時間をかけて髪をブローするのだが、これ以上時間を空けて高須くん
と顔を合わすのも、それはそれで不安なのだ。
 あらかじめ持ち込んでおいた、ブラとショーツ、七分袖のチュニックとジーンズを身に
付け、シャネルのルージュココシャインをさっと引く。鏡に映った自分を見つめ、
「亜美ちゃん、今日も最高にかわいくね?」
 気合づけで唱えた言葉も、今日ばかりは空回り気味。怒りに任せて出てきたが、どんな
顔をして高須くんの前に立てというのだろう。
 リビングから伝わってくる音や気配から、高須くんがまだ居ることは確認できた。
ふーっ、と深呼吸をひとつ、覚悟を決める。ステージに出る気合でリビングルームの扉を
開けた。


38 :
 浴室の方からシャワーの音が消え、しばらくしてからドライヤーの音が聞こえてきた。
 川嶋がシャワーを浴びている間、俺は昨夜の宴の後を片付け、軽るめの食事を準備をし
ておいた。一応、確認してから準備した方がいいかなと思ったが、今の状態でバスルーム
に近づく事ははばかれたし、これ以上機嫌を損なわない方がいいだろうという判断だ。
 ドライヤーの音が消えたタイミングで、挽いておいたコーヒー豆をネルに入れ、全体に
ゆきわたるように、ゆっくりと丁寧にお湯を注ぎ込んでいく。立ち上る湯気と共に、芳し
いコーヒーの香りが辺りに立ち込め、鼻腔をくすぐる。
 そのここち良い香りに、俺の緊張も多少は緩和されるが、何かしていないと落ち着かな
いのは相変わらずだ。
 背後で扉の開く音が聞こえ、シャンプーとボディソープのふわりとした甘い香りと共に
川嶋が姿を現す。コーヒーの芳香と交わったその香りは不思議にマッチしていて、心地よ
かった。
 タイミングをみはからって、平静を装いつつ、コーヒーを手に振り向く。こざっぱりと
したジーンズ姿でリビングに現れた川嶋は、風呂上りの為か顔は微かに上気している様に
見える。
「すまん、キッチン勝手に使わせてもらったぞ」
「今更気にしなくていいわよ。食事用意してくれたんだ?」
「お、おう。朝飯……ってか、既に昼飯だけど、食べないか?」
「うん、いただくわ。薬も飲みたいし」
 シャワーを浴びてさっぱりしたのか、川嶋は先程出て行った時と比べると、心持ち落ち
着い感がある……ように感じられる。
「クスリ?」
「二日酔い。まだ、頭痛くって。あんたも飲む?」
「いや、俺は大丈夫だが」
 川嶋はダイニングテーブルの対面に座り、オムレツとサラダをつつき始める。室内には
しばらく食器の鳴る音だけが響き、無言の時間が続く。
 何か会話をと必に頭を巡らすが、何も浮かんでこない。くそっ、川嶋が何を考えてい
るのか、わかんねぇ……。これなら、まだ先程までの怒っていた時の方がマシだ。
 まぁ、そもそも俺が川嶋が何を考えているかなんて、分かった事は一度たりとも無い訳
なんだが……。
 いや、一度だけあったか……。口の中にコーヒーとは違った苦い味が広がり、俺はそれ
をトーストと共に噛み潰した。


39 :
 結局、気まずい空気は消える事がないまま、食事は終了した。俺は切り出すタイミング
を得る事が出来ずに、シンクに片付けた食器を洗い始める。背中越しに川嶋の気配を窺い
ながら、自分のふがいなさにあきれてしまう。いつまで、先延ばしにしてんだ。
 しかし、切り出してきたのは川嶋の方が先だった。俺が洗い物を終わらすのを見計らっ
ていたのか、最後の食器を水切りにあげたタイミングで、
「高須くん……」
 先程までとは、また違った表情で真っ直ぐにこちらを見つめている。琥珀色の潤んだ瞳
が微かに揺らめき、吸い寄せられるように魅入ってしまう。俺は黙って、次の言葉を待つ。
「高須くんはさ……、どう思ってるの、今回の……こと?」
「お、おぅ」
「あたしとこんな事になって……、こんな風に会話して、今何を感じているの? もう、
あの時の……。あの時の、痛みは消えた?」
 川嶋の瞳は何処かうつろで、不思議なものを見るように俺を見ていた。まるで、俺では
ない誰かをそこに見ている様な、自分がここに居ない様な錯覚に陥る。そして、俺は川嶋
の投げかけるその言葉に、胸の奥がしめつけられるのを確かに感じた。
「あんたは……、大河と、」
「川嶋、俺は……」

 ――ピンポ〜ン
 身動ぎさえもはばかれる様な緊張感の中、会話の流れを断ち切るようなタイミングで、
来客を報せるチャイムの音が鳴った。
「……」
 俺達は合わせた視線をどちらからともなく外して、息をついてしまう。チャイムを無視
する事も出来たのだろうが、高まり過ぎた緊張感が逆にそれを許さなかった。
 このマンションは、俺が借りているオンボロアパートと違って、来客者確認用のカメラ
付きインターホンがセキュリティとして備わっている。リビングに設置されたモニターの
向こう側には、見知った姿が認められた。
「香椎?」
「そっか、奈々子にお土産渡す約束してたんだっけ……」
 川嶋は数瞬考え込んでから、
「話しややこしくなるから、あんた向こうの部屋に隠れてて!」
 先程追い出された寝室に、再び押し込まれてしまう。扉の向こうから、慌しく対応する
声が聞こえ、俺は扉に持たれて座り込んで息をついてしまう。
 川嶋は何を言おうとしてたんだろうか……。
「…………」


40 :
 考えていても仕方がない。俺は顔を上げ、あらためて部屋の中を見回してみる。
 当然、寝室であるこの部屋には入った事がない。ただし、昨日までの話だが。目が覚め
た時、何処だか判らなかったわりに既視感を受けたのは、部屋の作りや壁の模様が同じ物
だった為かと、ひとり納得する。
 寝室はリビングと違い、プライベートな空間だけあって、川嶋の個性がより強く感じら
れた。センス良くおしゃれにまとまっているのは確かなのだが、ヌイグルミや可愛らしい
小物等もちらほらと見受けられ、意外だなというのが正直な感想。
 友人の、なおかつ女性の部屋をこんな形で冷静に観察するのもどうかと思うが、ずっと
目を閉じ続けている訳にもいかない。どうにも、緊張しているらしい。手を見ればじっと
りと汗をかいていた。
 立ち上がって、なんとはなしに視線を漂わせれば、ベッドとシワだらけになったシーツ
が視界の大半を占め、昨夜この上で川嶋と俺が……。
「まずい、まずい!」
 生々しすぎる想像を頭を振って振り払う。いや、想像じゃくて現実なのか。記憶がない
ので、まったく自覚を伴わないが、確かに起こった筈の出来事だ。
「ダメだ、何もしてないとロクな事を考えねぇ」
 俺はとりあえず、川嶋が放り投げて床に転がったまま落ちている、クッションやら小物
だやらを拾い上げて元の場所へと片付け始める。うん、掃除はいいな。実に落ち着く。

「亜美ちゃん、ゴメンね。あっ、もしかしてお風呂入ってたの?」
「ああ、気にしないで。大丈夫、大丈夫」
 シュシュでまとめていたうしろ髪をほどく。あたしの髪はボリュームが多いので、乾き
きるのに時間が掛かる。
「近くまで来てたからメールと電話したんだけど、通じなくて」
 あたしは記憶の底から携帯を何処にやったか、思い起こしてみる。普段通りであれば、
寝る時にベッドのサイドボードの上に置いている筈だ。そのまま、起床直後にメール等の
確認するのが日課なのだが、今朝からの高須くんとのやり取りですっかり失念していた。
昨日、飲み始めた時点ではテーブルの手元に置いておいた様な気がするが、先程の食事の
時点ではテーブルの上にはなかったと思う。

 川嶋の携帯は俺の足元で着信を報せるランプをチカチカと点滅させながら、自己主張を
続けていた。どうも今朝の投擲物の中のひとつだったらしい。
「あ〜、気付かなくてゴメン。携帯まで見てなかったわ」
 俺は片付けを中断して、扉越しに耳をすませていた。顔色はより一層、悪化している。
ほとんど、真っ青といってもいいだろう。
「私も向こうでお土産買って来たんだ、生ものだから早く渡したくて……」
 研修先から直接寄ってくれたのか、奈々子の本日の装いはシックなレディーススーツに
ボストンバッグという、いかにも働く女性といった感じ。これが、通常はナース服着て、
『痛いところはありませんか?ふふっ』なんて、言われたら男共は堪んないんだろうね。
聞いた所では、奈々子が勤務する様になってから、男性の来院患者が急増したらしいし。


41 :
 いつもだったなら、せっかくの休日だし、お茶でもしながらお互いの近況話にでも花を
咲かせる所なんだろうけど、今現在、あたしは自宅の中に、前科一犯の性犯罪者が匿って
いる。
「どうかしたの、亜美ちゃん?」
「えっ、何々?あっ、お土産ね。わざわざありがと」
「あー、そうだ!あたしもお土産あったんだ。ち、ちょっと待ってて」
 あたしは慌てて、渡す予定のお土産を引っ張り出す為に、奥へと引っ込む。玄関たたき
に客人を留めたまま、一向に中に入れ様としないあたしに、奈々子は不思議な表情を向け
ている。
 え〜と、なんて言い訳しよ……。
「奈々子、ごめん。今日、この後、予定が入っちゃってて……」
 あたしはお土産を手に、とっさのウソを並べながら奈々子の元へ。
「……どうかしたの、奈々子?」
 奈々子は下を向いて、俯いたままの姿でいた。あたしが心配して、近づくとおもむろに
顔をあげ、意味深な笑顔を浮かべる。
 あっ、なんだろ、亜美ちゃん……寒気がするんですけど。
 息が掛かる位の距離にまでにじり寄る奈々子の圧力に耐えきれず、あたしはあさっての
方向を向く。な、奈々子、眉間にシワ寄ってるよ。
「あ〜みちゃん、そういう事だったんだ。お邪魔しちゃったかな?」
「へっ?」
「外出するなら、コンシーラーかファンデで隠した方がいいよ」
「えっ、えっ、何の事かな?」
 謎のアドバイスにあたしは混乱する。隠した方がいいよって……!!
 はっ、として、あたしはとっさに首元の辺りを隠してしまう。
 とぼけようにも、時既に遅く。あたしの顔は真っ赤になっていた。
 キスマークの事なんて、完全に忘却していた。だって、記憶にないんだから、忘れるも
何もあったもんじゃない。第一、間近で見ない限りは、わからない程度のうっすらとした
跡だったのに。
「で、どっちなの? やっぱり、高須くんの方かな?」
「な、奈々子……」
 ガタッ
 寝室の方から、何かがズッコケる音が聞こえた。あンの、馬鹿……。


42 :
sien

43 :
「じゃあ、今日はこれで帰るね。ふふっ、ご・ち・そ・う・さま」
 あたしは反論する気力もなく、無言で奈々子が帰るのを見送ってしまう。しかし、まだ
完全に終わっていたわけではなかった。扉の閉まる間際に、振り向いた彼女は唇に人差し
指をあて、こっそりと囁くように
「あっ、あと靴隠すの忘れてるよ〜」
 たたきの上には女物の靴の中に混じって、ひとつだけ男性物の革靴が鎮座していた。
 敗北感に打ちひしがれる中、もうひとつ忘れていた大事なことを思い出す。寝室の扉を
叩き開け、中の男を引っ張り出す。寝室の中をサッと見渡し、なんとか無事だったことに
胸を撫で下ろす。
「は、早く出て!」
「あ、あぁ、すまん」
「下着とか盗んでないでしょうね?」
「ご、ごめん。いや、違う!やってません」
 キョドる高須くんを寝室から追い出し、扉を閉める。
 とっさの事とはいえ、高須くんを寝室に入れたのは失敗だった。奈々子にいい様にやり
込められた事も含めて、やっぱりどこか調子が狂っている。
「な、なんで、香椎には俺だって判ったんだ?」
「高須くんって、馬鹿なの? 奈々子は本当だったら昨日の集まりに来てる筈だったのよ。
当然、参加するメンツも知っていたし、あたしから祐作がドタキャンした事も知っていた
訳じゃない。残るのはアンタだけでしょ」
「くっ……」
「川嶋……」
「……何よ」
「いや、その、携帯落ちてた」
 携帯を開いて、着信履歴を確認する。奈々子からの電話とメールが二件……、確認中に
三つ目のメールが届いた。携帯のディスプレイにはたった1行、
『後で詳しく報告してね(ハート)』
 もう、今日はこのまま何もかも忘れて横になってしまいたい気分だったけど、そういう
訳にもいかない。
 あらためて、あたしは高須くんに向かい合う。


44 :
「なんというか、俺が言う台詞じゃないけど、おつかれさん……」
 実際に疲れているのか、川嶋はリビングのソファーに仰け反る様に倒れこみ、瞳を閉じ
たまま長い髪をかきあげる。
 俺は正面の床に座るか、ソファーの隣に腰掛けるかしばし迷って、床の方を選択する。
腰を落ち着け、川嶋に正面から向き合う。
「ゴメン!! 川嶋が怒るのも仕方ない、謝ってすむ問題じゃないのはわかっている」
 さっきは川嶋が主導で話すきっかけを作ってくれたのだ。流石に二度目も任せる訳には
いかない。とりあえず、しっかりと謝っておかねば。それが、せめてもの礼儀だろう。
「あと、いくつか確認しておきたい事があるんだが……」
「……何よ?」
「その、なんだ、川嶋って今付き合っている彼氏とか……、居るのか?」
 切り出し辛い質問だったが、聞かずに済ます訳にはいかなかった。答えによっては、俺
は本当の意味で、ケダモノヘンタイ人間失格の犯罪者おばさん男になってしまう。それに、
もうひとつ、今の質問以上に聞きにくい問いがあるのだ。
 室内に漂う沈黙。言葉の真空状態の中で、空気が帯電した様な気がしたのは、気の所為
だろうか。ジロリとひと睨みされた後、一呼吸おいてから吐き出す様にまくしたてられる。
「……ふん、今付き合ってる男なんて居ないわよ。大体そんなの居たらあんたらなんかと
遊んでないつーの」
 そういえば、そうだったなと、納得する。
 今の川嶋の仕事の忙しさから考えると、プライベートの時間をかなりの割合で俺達の為
に割いてくれている事になる。サラリーマンの俺達と違って、川嶋の仕事は不規則なスケ
ジュールに縛られる事が多い。結果、週末にしか休めない俺達と重なる休日は限られる。
それにも関わらず、二、三ヶ月に一度は自宅を提供し、尚且つ飲み会や外での集まりにも
参加している。香椎や木原と休日に買い物にも行ってる等の話も聞くから、とても恋人と
つき合う時間があるとは思えない。
 それに恋人をほったらかして、帰国直後に友達と飲むなんて事は無いだろう。
 とりあえず、胸を撫で下ろす。正直に言うと、川嶋に恋人が居た場合、その事に対して
とれる謝罪は、俺の限度を超えている。
 恋人が居なければ許される、という訳ではないのだが、それはまた別の問題だ。
 そこで疑問に思ってしまった。川嶋がもし誰かと付き合い始めたら、俺達との付き合い
は終わってしまうのだろうか?
 北村とかはいい、あいつが誰と付き合おうが、アメリカで暮らす様になろうが、俺達の
付き合いが続いていくという確信はある。呼ばれれば行くし、必要とあれば声を掛ける、
それが十年、二十年、三十年の間を経ようともだ。しかし、川嶋はどうなんだろう。いや、
川嶋だけに限らない。大河や櫛枝に恋人が出来たとしたら、俺達の友情ははかなく消えて
しまうのだろうか。恋人ができた彼女達に対して俺はどんな思いを抱いてしまうのだろか。
 いや、そもそもただの友達である俺が、彼女達の時間を拘束する権利なんて、何処にも
無いのだ。
「別に亜美ちゃん、モテない訳じゃないからね。単にたまたまよ、たまたま」
 物思いにふけってしまった俺に対して、不機嫌に言葉を叩きつけてきた。
「そうだよな……、川嶋に恋人が居たって、何の不思議も無いんだよな」
 俺は思わず、頭の中で考えていた言葉を意識せずに口に出してしまう。
「高須くんさぁ……」
 川嶋の言葉の端に、陽炎の様な苛立ちの炎を感じた。まずい、ボーっとしたまま考え
込んでいたらしい。
 よく見れば、こめかみはにうっすらと血管までが浮き出ている。大きな瞳は既に琥珀色
を通り越して、ルビーの如く真っ赤に燃え盛り、火花を散らし準備中。あとひとつ、火種
を注げば大爆発するだろう。


45 :
 俺は床に突っ伏し、川嶋に向けて土下座をした。こうなったら、誠意を尽くして謝る以
外の選択はないだろう。既に、もうひとつの質問の方は無理だとさとる。
「川嶋が望むなら、どんな責任だってとる!」
「責任? 責任って何よ!」
「お、おぅ。そりゃ、なんだ……、川嶋が望むなら。その、……」
 どうしても、言葉に出して伝えるには抵抗がある。なにせ、俺達は昨日までただの友人
関係だったのだから。恋人となって、その結果一線を越えたわけじゃない。第一、川嶋に
とってそれが望んだ答えであろう筈もない。
 しかし、川嶋には俺が言おうとせざる事は伝わったようだ。
「ふ〜ん、高須くんは義務感で、容易くそんな事言えるん人だったんだぁ……」
「べ、別に気楽に言ってるわけじゃないぞ」
「……むしろアレか、責任感、義務感故に言えるんだね」
 川嶋はソファーから立ち上がり、土下座体勢の俺とは彼我の差が1メートル以上。頭を
下げた俺の視界に、美しく整った足が現れる。足の爪には淡いベージュのペディキュアが
宝石の様に散りばめられ、ほんとにコイツは嘘偽りなく爪の先まで綺麗な女なんだと改め
て教えられる。
「ホント、高須くんはあいかわらず馬鹿だよね」
「くっ……。確かに、昨日の今日じゃ、馬鹿な事をしたって否定はできねぇけどな……」
「はっ、馬鹿な事……。馬鹿な事よね」
「……川嶋!?」
「あたしは……、別に……そんな言葉が聞きたかったんじゃないっ!!」
 顔を上げると、そこにはチワワではなく、怒れるシベリアンハスキーが居た。
 どうやら、俺は火薬庫の中に火種を入れてしまったらしい。どうしてこう、上手くやる
事ができないんだろうか。あれから五年以上過ぎ、自分は大人といわれる年齢になったと
いうのに、何も変わらない。
 いっそ、川嶋を抱き寄せ、愛の告白でもすればよかったんだろうか……。無茶苦茶だ、
ありえない。
 追い出されたマンションの廊下で、情けない気分のまま帰宅への道を選ぶ。
 下降するエレベーターのごとく、俺の気分も急降下一直線。とどめとばかりに、一階で
鉢合わせたエレベーター待ちのカップルは『ひっ』『け、警察』とかなんとか言いながら
逃げ出す始末。
 確かに今の俺は普段の20%増しで、悪人面増量中。お巡りさんの職質は間違い無しだ
ろう。たんに落ち込んでいるだけなんだがな……。
 マンションの外で去り際、最後に川嶋の居る部屋の方向を見上げる。怒りに震えた川嶋
の目尻に涙の粒が見えたのが、自分の罪の証なんだと自戒する。
 胸元を通り過ぎた春の風は、まだ微妙に冷たかった。

「あンの、バカッ!!」
 怒りに任せて高須くんを追い出してしまった。でも、今回はあいつが悪い! というか、
何時だってあいつが悪い。おかげで、頭も心も身体もあちこち痛い。
 怒りの矛先はおさまるどころか、全面開放中。あたしは部屋の中をぐるぐると歩き回り、
頭が冷えるのを待つ。今のあたしの姿をタイガーに見られたならば、それこそ『チワワが
興奮して怒っているわ』とか、言われてしまうに違いない。
 怒りすぎて……、悲しくて……、涙が出た。あの馬鹿にも見られたかもしれない。
 別にあたしは責任をとってくれとか、そんな事を望んでいたんじゃない。だって、二人
して酔っ払って、こんな事になってしまったのはあたしにも罪があるんだから。そりゃ、
妊娠でもしたら困るけどさ。
 むしろ、ほんとの所はあたしの所為じゃないかな、って思う所もある。だって、あたし
は求めて手に入れることが出来なかった想いを、胸の奥に秘めていたのだから。
「また、繰り返しちゃうのかな……」
 ひとり残った家の中は、ほんの少しだけいつもより空虚に感じた。


46 :
とりあえず、今回の分は投下終了です。
途中支援して下さった方、ありがとうごさいました。

47 :
GJきちんと大人らしさを感じます!
俺も虫歯にry)

48 :
GJ!!
亜美ちゃん幸せになってほしいなぁ

49 :
「酒の勢いで中出し」というシチュが最高だった。

50 :
何も言わずに待ち続けます

51 :
こんばんはとちドラ!9回目の投稿をさせていただこうとと思います。
前回までの話は全スレがまだ落ちていないようなのでそちらをご覧ください。
4月から始まったこの物語、ようやく本編が始められます。ではいきます。

52 :
ストーカー騒動が落ち着き、子虎が高須家にいつくようになって最初の月曜、6月になり、梅雨という主婦にとって嫌な季節がやってくる。
今日は雨は降っていないが、どんよりとした曇り空、雨は降らない予報だが、用心深い人は折り畳み傘を持つだろう。
「はあ・・・今年もこの時期か・・・」
登校中の高校生、高須竜児も梅雨は嫌いだ。決して湿る季節は火薬がダメになる・・・なんて思っているわけではない。
洗濯物は乾かず、部屋干しをすると部屋が湿っぽくなるしカビも増える悪循環、
更にたまのいい天気で洗濯物の干そうもんなら通り雨に襲われる嫌な季節だ。
もっともそんなことを憂う高校生などほとんどいないだろうが。
まあ憂鬱になる出来事はほかにもあるのだが・・・
なんてとぼとぼと歩いていると
「おうおうにいちゃん、危ない面構えしてんねぇ・・・ちょいと面貸してくれねえかい!?」
「・・・はぁ」
最近は減っているがその道の人から誘われることがある竜児、しかしあくまで善良で無害な一般人の彼はそんなものに興味はない。
「すいません、俺は普通の高校生なんでそう言うのに興味は・・・」
『こういうのははっきり断るべき』経験論でそう習ってきたのではっきり断ろうと相手の顔を見ると
「あっはっは!そうマジにとらないでくれよ!なんか申し訳なくなってくるじゃん!おはよう高須君!」
「櫛枝・・・」

声を掛けたのはそっち系の怖いお兄さん、でなくクラスメイトの女の子、櫛枝実乃梨だった。

「いやあ大河の奴、寝坊だって連絡来たからさ『面白そうな子はいねえか!』って探してたら高須君を見つけたわけよ!
えっと、いきなりこんなあいさつは迷惑だったかな?」
明るい挨拶ののちに気を使う実乃梨。だが今竜児にとっては彼女の明るさはありがたい。
「いやそんなことねえよ。俺も大河の寝坊に・・・」
(!。何を言おうとしてるんだ俺は・・・)
前回大河と登校?したときに実乃梨に盛大に誤解されたばかりではないか。『大河の寝坊を知っている』
なんて『朝から連絡を取る親しい仲』と言っているようなものではないか。
そんな風に固まっていると
「だぁぁぁぁれが遅刻ぅぅぅだぁぁぁぁぁ!!!!」
「おう!?」
「大河!?」
全力疾走でやってきたのは噂のねぼ助、ちなみにすっかり衣替えしているのでブレザーでなくベスト姿だ。
「ふん、勝手に私のみのりんと話してるんじゃないわよこの犬!」
「い、犬!?俺がか?」
「おー、やっと大河と高須君はそう言う関係になったのかい?」
走ってきたということは追いついてきたのだろう。事実、竜児は遅刻を気にしなくていい時間に出たし、
遅刻などしなそうな実乃梨と同じ時間だ。学校までもう残り僅かの距離だが追いついた大河の体力はさすがといったところか。
そして追いついて早々のこの発言、遅刻したわりには絶好調である。
「おい逢坂!櫛枝の前で妙なことを言うなよ!」
まあ他人を犬扱い、誤解するなという方が無理である。
「それよりあんた、お弁当は作ってきたんでしょうね?」
「おう!今日はばっちりだぜ!・・・ってそうじゃねえだろ!?う・・・」

53 :
「なんか私邪魔?」
「いや・・・櫛枝?」
あの実乃梨がマジのリアクション。実乃梨に好意があるわけではないが、誤解をされるのはよくないだろう。
「違うよみのりん!邪魔なのはこいつだよ!弁当もこいつが『作りたい』って言うから作らしてやてるだけよ」
「言った覚えはないがな・・・」
まぁ提案したのは竜児であるとこは確かなのだが。
「そう?なら高須君!私にも作ってくれるかね?」
「えっ・・・それは・・・」
竜児が返事を返す前に
「な〜んてね!それが出来るのは大河だけだね。おっといけねえ、先輩のクラス寄らなきゃいけないんだった!
先行くね〜お2人さんはごゆっくり〜」
「うん、みのりんまたね!」
「お、おう。またな・・・」
そうしてみのりは去ってゆく。残った2人は
「なあ逢坂。」
「何よ?」
「いいのか、そのなんだ・・・また誤解とかされても・・・」
大河の言い回しは竜児の世話になっていることを隠す気が見えない。大河が好きなのは・・・
「みのりんにそういう隠し事とか無駄よ!あの子鋭いもの。下手な言い訳するよりは隠さず言った方がいいと思っただけ、
それに私はあんたじゃなくやっちゃんの世話になってるんだからね?そこんとこ忘れるんじゃないわよ?」
そう言って大河も校舎へと先に歩いていく。
(結局世話するのは俺なんだがな・・・)
大河がそれを分かっているのかどうかは知らない。
竜児は「おい!待てよ逢坂!」と大河の後を追いかけていった。

さて、後者に入りもう少しで教室という距離、そんな竜児の足取りは軽くはない。よって大河にはとっくに置いていかれている。
(やっぱりいるよな・・・)
気になるのは当然彼女のこと、教室にいるであろう今は休養中の女子高生モデル、亜美のことだ。
『悩んでいても仕方ない。』そういう結論になったものの、いざ会うとすれば別だ。果たしてまともに顔を見れるだろうか。
そして意を決し教室に入る。
「お、高っちゃ〜ん。おは〜っす。」
「よっ高須!」
「おう!」
教室で1番に会ったのは春田と能登、共にクラスメイトで友人だ。
しかし竜児の意識は必然と窓際に向く。

54 :
「そんなことないよ〜時間も出来たし、勉強とか買い物とか、やっと学生らしいことが出来て満足してるんだよ。」
「そうよね、売れっ子ってことはそういう暇もなくなるだろうし、プライベートもなくなっちゃうものね。」
「ならさ!一緒に買い物行こうよ!亜美ちゃんに服、見繕ってもらいたいし!」
「うふふ、いいわねそれ!あたしも亜美ちゃんとお買い物行きたいな。」
「もちろん!まだこの辺でどこが1番いいところかわかってないからさ。教えてくれると嬉しいなぁ」
もちろん亜美を含めたあの5人しかストーカーの件のことは知らない。
学校を休んだりはしたが親しい麻耶や奈々子にも知られずに事を済ますことが出来たはず。
なので亜美たち3人が話してるのは2−Cにとって日常の1コマの出来ごと。だが事情を時事用を知ってる竜児にとっては感慨深い光景だ。
そんな風に美少女3トリオをぼーっと眺めてると
「いいよなぁ〜可愛い女の子が同じクラスにいるってさ!俺ほんとこのクラスでよかったわ!」
はにかみながら(可愛くない)能登がそういう。春田も
「やっぱりきになるよね〜高っちゃんもさあ〜高っちゃんは誰が1番タイプ?木原?奈々子さま?けどやっぱり亜美ちゃんにはかなわないっしょ!」
「いや・・・俺は別にそういう訳じゃ・・・」
多くの高校生だったら当然目を奪われるだろうあの3人、能登も春田も例にもれず『どの子が1番いいか』という話をする。
だが竜児はそういう意味で3人、いや亜美を見ていたわけではない。
まあその意味を言う訳にはいかないのだが・・・
「高須はタイガーだっけ?タイガーも可愛いと思うよ!外見は・・・」
「いえ〜す。たいが〜かわいいよね〜」
「いや、俺と逢坂はそういう関係じゃねえって!それに、本人がいても知らねえぞ?」
「おっとそうだったな。失敬失敬。」
大河はともかく、席に着くことにした。


そして昼休み、竜児は昼の用意をすることにすると
「ちょっとあんた!早くしなさいよ!」
「は?」
大河がやって来た。しかし何を早くすればいいかわからない竜児は戸惑うだけだ。
「ご飯よご飯!私の分もあるんでしょ!」
いつものごとく胸を張り仁王立ちポーズ。小さい体を大きく見せる大河の怒気をさらに大きく見せるポーズだ。
「いや、確かにあるがいいのかよ?お前はそれで?」
案の定この発言を聞いたクラス中からひそひそ話が始まる。もっとも大河一睨みすればクラス中は収まるのだが
「ちっ、うるさい連中ね。まぁそれでもこの空腹に免じて許してやるわ!」
クラス中が視線を下に落とし胸をなでおろす。あの時大河が暴れたことはまだ強く印象に残っているようだ。

55 :
「ったく・・・ほらよ。今日の出来はばっちりだ!」
なんてやり取りをしていると
「ほう、弁当をやり取りする仲になったか、やっぱり仲がいいなお前たちは。」
「うんうん、大河はやっぱり私の元を離れていくんだね。けどお母さん泣かない!」
「お前らなぁ・・・いい加減怒るぞ?」
ある意味こちらも定番の挨拶、北村はともかく実乃梨には強く言いにくいのだが・・・
そして大河は
「こ、こいつはただの下僕よ!この前のお礼にこいつが作りたいって言うから貰ってやってるだけよ。」
「この前のお礼・・・」
実乃梨がつぶやく、このメンツでこの前のことと言ったらもちろん・・・
「その件はほんとごめん!夕方のくせにファミレスガチ混みでさぁ、マジで行かなきゃいけない状況だったわけで・・・」
あの日、実乃梨はバイト先から呼び出され途中離脱をすることになってしまった。
そのせいかは知らないが作戦は失敗した。ストーカーを撃退することは成功したが。
「あのあと大河にあらましは聞いたけどどうなったかを出来れば詳しく知りたいなあって思ったり」
最終的にその場に居合わせたのは亜美と竜児のみ。それ以外の3人は細かい事情を知らない。
「そういうばあの後あんたおかしかったわねぇ・・・いいわ。この機会にいろいろ聞かせなさいよ・・・」
「それはだな・・・」
『あの時のこと』当然竜児が意識してしまうのはストーカーと対面した時よりその後の自宅でのことになる。
そのとこと言わなくてもいいのだろうが、1番に出てくるのがそれだから仕方がない。
「そうだな。俺も気になるしいろいろ聞かせてもらうぞ高須?
・・・だがここはまずいな・・・別の場所で聞かせてもらうことにしよう!」
「お、おう・・・」
「4人でお昼?いいねえ!たまにはぐーじゃん!」
「北村君とお昼・・・」
秘密にしたいことなので場所を移す4人。気が乗らない竜児だが協力者であるこの3人には事情を説明する必要があるだろう。
ちなみに亜美は教室にはいない。麻耶と奈々子はいるものの亜美1人だけは昼になったときから姿を消していた。

「いやぁいつ来ても屋上は気分がよくなるな!」
「曇ってるがな・・・」
4人で人目を避けられる場所、といえば屋上へ来た4人、天気はよくないが雨の心配はなさそうだ。
「さあ高須君、ことのあらましをすべて吐いてもらうぜぇ〜さあ!吐けぇ!吐くんだ高須〜」
「おう、そうだな・・・」
それぞれ昼飯を広げながら竜児に耳を傾ける。話していいところを気にしつつ、あらましを話していった。
あの後ストーカーが堂々と前に現れたこと、亜美がふっ切ってストーカーに食ってかかったこと、
ストーカーを追い払った後、亜美は全身の力が抜けてしまったこと、ここは悩んだが自宅で落ち着かせたことも話した。

56 :
「ふうん、それで?」
「え?終わりだが?」
『家で落ち着かせそのまま帰らせた』正直竜児もこの説明しかできない。あの事以降の記憶がないのだから
「ふむ、と言うことは一先ず亜美は高須の家で落ち着くことが出来たんだな。」
「おおっ!?その後何かあったのかい?」
「俺と逢坂はうっかりどぶにはまってしまってな!」
「それは大河から聞いたよ、くっ・・・私がいれば・・・」
「ってどぶにはまったのかお前ら!?」
大河とはそういう話をしていないので竜児には初耳だ。
「ええそうよ、あんたがばかちーといちゃこらしてる時、私と、き、北村君は大変だったんだから!」
「はっはっはっ!まぁそれも今としてはいい思い出じゃないか!」
「そ、そうね!・・・北村君はあの後無事に帰れたの?」
「お前・・・ドロドロの中帰ったのか?」
「仕方ないさ、道行く人の視線が厳しかったのとお袋に怒られてしまったがな!」
「全く、まぁ、あんときやっちゃんがいたなら仕方ないけどね。」
「え?」
「やっちゃんってのは誰なのけ?」
「泰子さんは高須のお母さんだ。すごく綺麗な人だぞ。」
「へえ〜そんな人がお母さんなんだ〜うちのおかんと取り替えてほしいくらいだよ!」
実乃梨は会ったとこがないので2人が説明を入れる。しかし竜児には気になることがあった。
「泰子がいた?」
「ああ、お前の家の風呂を使わせてもらおうと思ったんだが、亜美が『泰子さんが入浴中だ』って言うもんだから諦めて帰ったんだが・・・」
「あのとき泰子はうちにいなかったんだが・・・」
「「え?」」
その言葉に当然戸惑う2人。確か亜美は泰子がいると言ったはずだ。


57 :

「ということは亜美は嘘をついたということか?」
「ああ、川嶋が帰ったとき泰子はいなかったぞ?」
「はぁ?嘘ついたのあの駄ちわわ!全くほんとに性根が曲がってるわ!!」
「あ〜みんが嘘をねぇ・・・何か事情があったんじゃない?」
皆が沈黙、亜美が嘘をつき北村が高須家の風呂に入れるのを阻止したような流れ。
しかしそうする意図が見えない。北村が頼めば恐らく竜児は許可しただろう。もっとも竜児がまともな状態なら、だが。
「亜美の奴・・・俺に対する悪戯か?まぁ作戦に失敗したから仕方ないかもしれないがな」
亜美ならそういう理由も納得できるが
「ねえあんた・・・あんたの家に行ったとき、ばかちーは言葉も聞けないくらい弱ってたのよね?」
「ああ、だからわざわざうちに呼んだんだが・・・」
「そのわりには出てきたばかちーはいやに上機嫌だったけど。」
「そう言えばそうだったな。そこから考えられるのは・・・」
「その状態からあ〜みんは機嫌のよくなることがあったって言う訳で間違いない!?」
「そういえばそのあとあんたは魂が抜けたようになってたわねぇ・・・」
「それは・・・」
3人の視線が竜児に集まる。しかし追求されても『キスをされた』なんて言える訳ない。
いい言い訳はないのか。そう思案してると
「どうせばかちーにいいようにかわかられたんでしょ?全く、あんたも情けないわね。」
「はっはっはっ。亜美も気が晴れたんだろ。まぁ高須もまだ亜美には慣れていないということか!」
「これを気にあ〜みんも内なる我をとき放って欲しいんだけどねぇ!」
「そ、そうだなははは・・・」
(あまり踏み込まれなくて良かったか)
追求されると辛かったがどうやらこの話は終わったようだ。内心かなりほっとしながら弁当に手を付ける竜児。
実乃梨も北村も気軽に話しながら昼ごはんに手を付けていく。大河も竜児が作った弁当を堪能していたが時折竜児を見つめていたのだった・・・

58 :
「じゃあね亜美ちゃん!話したくなったらいつでも待ってるからね!」
「うん!いつも応援ありがとう!またね!」
亜美の元から1人の男子生徒が離れていく。
(はぁ・・・もう話さねえっての)
お昼休み、ちなみに4人が屋上で共に昼を取ってから少し経ったある日のこと、
ちなみに亜美はここ最近昼は毎日のようにここ、自販機の間で座ってお茶を飲んでいる。
(なんで来ないかな高須君は!キスしたんだよ!亜美ちゃんと話したいことがあるならここに来ればいいってわかるじゃん!)
ナンパされ、溜まっているイライラがさらに増えていく。今の亜美の機嫌はすごく悪い。
待てど待てども待ち人は来ないばかりか
(ったく、しかも毎日のように知らねえ男子共が声掛けてくるしよ・・・ったく空気読めよ!おめえらはお呼びじゃねえんだよ!)
今の亜美はとてもじゃないが彼女を知らない人には見せられない。それだけイライラはMAXなのだ。
何故彼女がイライラしていて毎日ここにいるのか。ということにはもちろん理由がある。
『竜児と話がしたい』と言う理由あるのだがその時間が今しか作れない。
ストーカー問題はあの日終わらせることが出来た。以降手紙が届くこともなくなっている。
懸念がなくなった今、モデル業の復帰をしようとしたのだが1つ大きな問題があった。
『太ってしまったのだ』
一般人なら特に問題のある体系になったわけではない。パット見わからないし、くびれがなくなったわけでもない。
肉が付きやすい年頃だ。その中では十分細い方なのだが・・・
(これから夏・・・薄着の季節だからなぁ・・・)
冬だったら問題ないだろう。しかしこれからは夏の季節、当然着る服は薄手のものになる。
水着の仕事は断れるかもしれないが普通の服だってこの時期は体のラインがはっきりわかる服も普通に着るだろう。
背が高く、スタイルのいい亜美ならなおさらそういう機会が増えるだろう。
(今の体形じゃ無理だよねぇ・・・)
しかし今回の件、せっかく都心から離れたこの地にまで来たのにストーカーに付いてこられた。
そのストレスで暴飲暴食をしてしまい、更に止める者のない1人暮らし、この短期間ですっかり自慢のモデル体形から遠のいてしまったのである。
(休み時間に話す内容でもないしなぁ・・・ったく!ほんとなんで来ないかな!)
昼時に教室から離れているのもクラスのみんなの昼食を見たくないのも理由の1つ。ダイエットのために摂食中なのである。
朝晩はジョギングやジムなど運動に費やしている。1分たりとも無駄にしていい時間はない。
モデル業界なんて少し休んだだけで忘れられる。なので早く復帰するために努力をしなければならないのだ。
(はぁ・・・今日も来ないのかな・・・)
放課後もさっさと帰っている亜美は竜児と話す機会はない。事実あれ以来一言も話していたいのだ。
今日も亜美は飲んだお茶をゴミ箱に放り投げ教室に帰っていった。

59 :
「はぁ・・・」
今日は休日、しかも6月には似合わない快晴だ。溜まった洗濯物を片づけるには最高の日なのだが、
高須家の家事を司る竜児はベランダでため息をついていた。『くっそ・・・獲物を逃がしちまった・・・』
と、思っている訳でもないし、洗濯物の量が多いことでも、隣の高級マンションのせいで日当たりが悪いことを嘆いているのでもない。
1週間が経ってしまった。自らのファーストキスから1週間だ。
結局亜美とはあれ以来一言も話していない。『話す機会がなかった。』そう言えばいいのかもしれないが、実は違う。
『話に行かなかったのだ』
亜美と話したところの多くは教室から1番近い自販機の場所だ。そして亜美は昼時、決まって教室から姿を消していた。
もちろん竜児はどこにいるか予想はつく。それが正しくなくても行ってみる価値はある。
だが1度もそこに足は向かなかった。会ったところでどうすればいいのかわからなかったのである。
時が経てば経つほどやりにくくなるもの、1週間経ってしまったのだ。思えば、向こうから話しかけてくれることなどあまりない。
前回、話したいと思った時もなかなか話せなかったのだ。今回は自分が二の足を踏んでいる。
会う意思がないのに早々会えるわけがないだろう。
(このまま忘れるべきか?)
北村とも亜美の話をしたがあの事が終わったのちの亜美はそれは楽しそうに学校生活を送っている。
ストーカーの問題も終わった今自分はもう必要ないのだろうか。

そんなことを思いながらベランダから目の前の道路に目をやると
「ん・・・?」
黒いジャージを着た人が倒れている。うつぶせで、顔は見えないが見覚えのある青い長髪。
「・・・」
(あれって・・・)
多分知ってる奴だろうな。と思う竜児。一瞬躊躇したが
(前にもこんなことがあったな・・・)
いつかにくしゃみを連発していた隣人を思い出しつつ、今まで話しかけられなかった事実を払拭しながら『その人』の元へ向かった。



60 :
(あれ・・・おかしいな・・・)
ここ最近の日課と言うか課題であるジョギングをしにいく亜美。今日は学校がないので若干朝寝坊をしたが欠かすわけにもいかない。
朝食も最低限のサプリとビタミン剤で済まし、向かった外は6月には似合わない晴天。
この1週間ろくに食事を取らず体を酷使した亜美が倒れるのは十分な条件だった。
(今日はじっとしてよう・・・戻らなきゃ・・・)
かすかに残る意識を何とかつなげ、体を動かそうとしたものの、上手く力が入らず起き上がることが出来ない。
「大丈夫ですか・・・えっと・・・」
(え?この声は・・・?)
おそるおそるといった感じの男の声が聞こえてくる。意識が朦朧としているがその声には聞き覚えがあった。
「あ・・・た・・・す・・・」
「!!?やっぱり川嶋か!?大丈夫か?しっかりしろ!」
(あ、あれ・・・声が・・・)
すっかり衰弱してる亜美は声もろくに出ない。
「顔真っ白じゃねえか!!ああもう、とりあえずうち行くぞ!」
返事がない亜美を引きずるように自宅に連れていく。
周りに見られたら人攫いに見えてもおかしくないような危ない絵だが竜児は必に亜美を連れ帰った。

すでに朝食の終わった高須家。大河はすでに帰り、泰子は2度寝中である。
跡形もなく片付いた台所だが竜児は再び料理をしている。亜美には水を飲ませた後、そのまま横たわらせている。
そして竜児が居間へ向かう。
「ほら川嶋!とりあえずこれ食え!」
「え・・・あ・・・」
作ったお粥を掬い亜美の口に向ける。大きくない口を開けた亜美がそれを口にすると
「・・・!あふ!!」
「おう!」
吐き出してしまう。出来たてのお粥は熱すぎたようだ。
「ごめん・・・」
「すまん、熱かったな・・・えっとこういうときは・・・」
かすかな声で聞こえる亜美の言葉。湯気が出ている状態では竜児でも熱いだろう。竜児が考えた手段は、
「ふーふー・・・よし川嶋、これで食えるか?」
「え・・・」
さっきより意識が戻ってきた亜美は食べるのを躊躇する。竜児の息が掛かったおかゆを向けられるからだ。
通常時だったら顔が赤くなったかもしれない。しかし顔色が抜け、力も入らない今、目の前にあるお粥を断る気力はない。
「んぐ・・・」
「ふーぅふ〜ぅ・・・ほら川嶋、次だ。」
「・・・」
されるがまま、亜美はなすがままに食べるしかなかった。

61 :
お粥を食べさせたのち、亜美は寝てしまう。よっぽど疲れていたのか寝息もかすかだ。
そんな亜美の寝顔をまじまじ見ると
(・・・あれに、・・・)
どう見ても美人、可愛い。閉じている瞳も、そこから見える長いまつげも、整った小さい鼻も、形のいい唇も
この子とキスしたかと思うと竜児の顔も赤くなる。
(いやいや待て待て!)
座布団を枕に毛布を掛け居間に寝かしているがこのままでいいのかと迷う竜児。
薄い襖1枚向こうに泰子が寝ている。夜まで来ることはないだろうがすぐ隣には大河が住んでいる。
そんな中亜美を寝かしつけているのだが正直みられていい光景ではないだろう。
だからと言って起こすのも気が進まない。
(え、えっと・・・)
『どうしていいかわからない』
それが竜児の想いだ。寝ているなら放っておいても大丈夫だろうが、放って他のことをするのもためらわれる。
結局亜美が起きるまでずっとそばで待つことにした。なぜかそうしなければいけない気がしたからだ。
はたから見たらヤクザ面の男が正座しながら、寝ている美少女をまじまじ見るというこれはこれで危ない絵の気もするが見てる人はいないので大丈夫だろう。
唯一この姿を見ている生物は
「ナムナム、ミョウ・・・ホウ・・・ホケキョ!!ホケキョウ!」
などと鳴いていたが。

その後、どれくらい経っただろうか、のち
「あれ・・・ここは・・・?」
亜美の目が覚めたようだ。ずっとそばにいた竜児も気付く。
「おう、目覚めたか川嶋?」
「え?高須君?」
ぼんやりしていた亜美の意識がようやくしっかりしたようだ。
「あれ?あたしは・・・ジョギングしてて、急に力が入らなくなって・・・」
「それで倒れてたんだよ。全く、ろくに飯も食わず運動なんかするからだ。」
亜美の言葉を竜児がつなげる。倒れた後の記憶はないだろう。
「そして・・・!って、なんで、あたしが空腹ってわかったの?」
食事を食べさせられたことを思い出し、焦る亜美。この年になって誰かの手でご飯を食べさせられるのは恥ずかしい。
「そりゃあ・・・な・・・」
「何よ・・・?」
(言えねえ・・・うちに連れてく途中に川嶋の腹が鳴りまくってたことなんて・・・)

62 :
亜美の名誉のために事実を伏せようとする。そんな竜児が思い付いた言い回しは
「顔色が悪かったからな!栄養が足りないかと思ったわけだ。」
「そう・・・」
そう言われると亜美はうつむく。竜児も紡ぐ言葉が思い付かず、しばらく沈黙が続いていると
「また・・・高須君に助けられちゃったね。情けないな、あたし・・・」
亜美がぽろっとつぶやく。すかさず竜児は
「そんなことねえよ!・・・このくらい・・・お安い御用だ。」
『気にするな』といった言葉を伝えたいのだが思うように伝えられない。
確かにここにいるのはいつもと違うような、それともいつもどおりのようなありのままの川嶋亜美だ。
病気の時にふと弱気になるあの感じかもしれないがそんな亜美を見るのは2度目だ。
「またお礼しないといけないね?」
「お、お礼!?」
前回亜美のこんな表情を見たのはストーカー事件を解決した後。その時してもらったことは・・・キスだ。
未だ鮮明に覚えているあの出来事。必然と竜児の顔が赤くなる。
「お、お前・・・ああいうことはだな!!」
焦りまくって何を言っているのかよくわからない状態の竜児。そんな竜児に亜美は
「ふふっ、そんなにしたい?亜美ちゃんとキス?当然だよね〜亜美ちゃんだもんねぇ〜?」
「お、お前なぁ!!あんなことは!!」
どうやら『亜美ちゃん』復活のようだ。栄養と睡眠を取ったことで顔色も戻っている。
「あんなことって・・・キス?」
「そうだよ!あんなこと気軽にしやがって!川嶋にとっては違うかもしれねえが俺にとっては・・・」
「初めてだよ。」
「えっ・・・」
「だからキス。あのとき高須君にしたのが正真正銘亜美ちゃんのファーストキス。」
「なっ・・・おまっ・・・?」
竜児からしたら亜美は気軽にキスをしたように感じた。そのため(亜美は初めてじゃないのか)なんて1週間悶々としながら過ごしていたのだ。
「高須君もひどいよね?亜美ちゃんとキスしたって言うのにあたしに会いに来てくれないんだもん!亜美ちゃん、毎日自販機のとこにいたんだよ!?」
無論亜美のことは気にしていた。どうしても気になるのは必然だろう。教室に行けば亜美を探し、買い物に行ってもぼんやり思っていた。
「その時もいろんな男子共が声掛けてくるしさ!これも全部高須君のせいだよ!?」
あれだけもてる、あれだけ美人のファーストキスの相手は自分・・・

63 :
「高須君?」
「お、おおう!川嶋!?」
亜美がぐっと竜児を覗き込み、あまりの近さに声が上ずりとっさに後ろずさる。今だ竜児は混乱中のようだ。
「どうしたの高須君?ふふっ、今やっと亜美ちゃんのファーストキスの価値が分かってきた?」
「それは・・・」
恋愛経験ゼロの竜児に答えようがない。だが若干落ち着いた竜児は
「じゃなくて!そもそもなんで外で倒れてたんだよ!?空腹で運動したら倒れるに決まってんだろ?」
「それは・・・」
「風邪ってわけじゃねえだろ?昨日も学校来てたしよ?」
竜児の口調も若干棘っぽくなる。今までのお返しもこもっているのだろう。
「エットしてるの・・・」
「なんだ?よく聞こえなかったが?」
囁くような声だったのでよくは聞こえなかった。これも意地悪に聞き返すと
「ダイエットしてるの!!」
亜美が声を荒げる。騒がれてもまずい、少し意地悪しすぎたかと慌てる竜児は
「す、すまん!言い過ぎた!」
「ひどい・・・あたしはまじめに悩んでるのに・・・」
そう亜美は涙ぐむ。さらに慌てる竜児は
「その・・・言い過ぎたって。悪かった。謝る。ごめん!」
「・・・」
無言の亜美はうつむきながら震えている。
「すまん、川嶋!な?」
赤子をあやすようにおどおどしてしまう。そして亜美の震えが大きくなる。そして亜美の口が開く。
「・・・ふふつ・・・あははは!冗談だよ冗談!もう!慌てる高須君可愛い!」
「お、お前なぁ!!」
からかわれたのを知り一層大きな声を出してしまう。それだけ恥ずかしかったのだ。
だが大きな声を出してはいけない。この家にいるのは2人ではないのだから。
「竜ちゃんうるさい〜もっと寝かせてよ〜」
ガラッと襖が開き出てきたのは高須家の大黒柱。朝食は共にしたものの、帰って来たのは
朝の未明なので午前の時間は寝ている。
「も〜何騒いで〜・・・」
眠い目をこすりながら行くと居間にいるのは息子だけではなかった。

64 :
「お邪魔してま〜す!」
「・・・おじゃまされてます。」
「いや・・・泰子、こいつはな・・・」
まだ完全に起きていないだろう泰子は状況をつかめていない様子。亜美はさすがモデルと言ったところですぐさま笑顔で対応した。
両者の知り合いである竜児はどうしようかと考えてると
「きゃあん!また可愛い子だぁ!竜ちゃんの知り合い?モデルさんみたい〜!!」
「はい、モデルやってます。川嶋亜美です。よろしくお願いします。」
「わぁ〜ほんとにモデルさんなんだ〜やっちゃんはやっちゃんだよ〜竜ちゃんのママで〜す♪」
意外と早く馴染む2人。大河の時もこんな感じだったし泰子はこんな感じなのだろう。
「ふわぁ・・・やっちゃんまだ寝たいから寝るねぇ〜亜美ちゃんもくつろいでくれていいけど、出来れば静かにお願いね〜」
「はい。すみません、起こしてしまって・・・」
申し訳なさそうに言う亜美に
「いいよ、いいよ〜ゆっくりしていってねぇ〜竜ちゃんも〜ちゃんと亜美ちゃんもてなすんだよ〜」
「わかったよ。悪かったな。また昼にな。」
そして「お休み〜」と言い残し泰子は寝室(隣の部屋だが)に戻っていく。
「あれが高須君のお母さん・・・」
「変わってるだろ?まあ、あんなんでも大事な家族だしな!」
「あんなのとか言わないの。いいお母さんじゃない?」
「まあな。母親って言ったらお前の母親も・・・」
「そうね・・・」
ストーカーの件を思い出し黙ってしまう。有名ということはいろんな事情があるんだろう。
沈黙が流れた後・・・
「そう言えばなんの話だったか、えっと・・・ダイエットだった、な・・・」
言っていいものかと若干詰まるが、口に出してしまったのでもう遅い。間をおいて亜美を見ると
「このタイミングでそれを蒸し返すかな高須君は?」
ジト目でにらまれる。女の子にダイエットの話はあまりしていいのもではないだろう。

65 :

「おうすまん・・・けど倒れるまで飯を抜く必要はねえんじゃねえのか?無理して痩せたってすぐリバウンドしちまうだろ?」
「しょうがないじゃない・・・すぐ痩せないとその分モデル業の復帰が遅れるから無理してでも痩せなきゃいけないの!」
亜美の真面目な視線にモデル業への取り組みがどんなものかがうかがえる。しかし今の方法では
「低カロリーの料理とか作ればいいじゃねえか。結構簡単に作れるぞ?」
普段料理をする竜児らしいコメント。しかし
「料理自体あたしには無理なの!・・・1度、1人暮らししてるんだしなんか作ろうかな、
って思って料理したら指切っちゃって・・・軽くで済んだんだけどマネージャーにめちゃめちゃ怒られてさ。
だからあたしには料理は出来ないの!サプリとかビタミン剤でしばらくやってくしかないの!」
「わかった!川嶋・・・わかったからもう少し小さい声でな。」
「うん・・・ごめん。」
溜まっていたものを吐き出すように亜美が言葉を出していく。モデル業はやはり大変なのだろう。
ストーカーのことが片付いても亜美の問題はなくならないようだ。
「今日はありがとう高須君。けどあたしはやらなきゃいけないから。」
今の亜美は放ってはいけない。そんな気がしたのだ。
「待て、川嶋!」
「何?もう1度お礼をしてほしいのかな?」
笑顔でそう言う亜美だが、今の竜児にはそういうことで動揺しなかった。竜児には伝えたいことがあったから。
「俺が作ってやるよ!」
「何を?」
今の竜児はまっすぐ亜美を見据えていた。
「お前の、ダイエット食を!」

66 :
「全く!本当になんなのよこの作品は!」
「おお!ゆりちゃん先生!お初っす!」
「ねえ櫛枝さん、この作品もけっこうな長さになるけど、どうして私の出番がないのかしら?」
「いやぁ、その点についてはあ〜みんに出番を取られた私に言われましても困ってしまうっていうか、私も不満って言うか」
「中の人のおかげでようやく私に日の目を浴びる時がこようってのにまさかの総スル―?
原作でこの頃は『夢を届ける20代の良き教師』的なポジションじゃなかったの!?」
「いやぁ・・・この頃からネタ臭が・・・」
「なんか言った?」
「いえなんでも。けどゆりちゃん先生?この話はまだ6月、そう!先生はまだ20代じゃないですか!」
「はっ・・・なるほど、いい事に気付いたわ!この作品は私が知っている作品とは違ってる!
GWに最後の弾を打ち損じてないかもしれないし、一夏のアバンチュールもあるかもしれない!」
「その意気だよ先生!『あきらめたらそこで試合終了だよ』です。」
「そうよ!まだアディショナルタイムは残っているわ!私にとっての『ゴールデンタイム』はこれからよ!
こうしちゃいられないわ、櫛枝さん!あとよろしく!」
「ガッツだぜ〜ゆりちゃん先生〜!・・・っとなんの話だっけ。まぁ、先生の話をやることはないだろうけどね!
さて次回は・・・っと予告しづらい引きだね。ったくよ、裏方の苦労もわかって欲しいものだね。
言えるのは『高須争奪とらちわ決戦』がどういう展開を見せるのかって言うのが見どころさね!
けど大変なのはやはりあいつだぜ!そうあいつだ。あなたの後ろからギラギラした目で見てるあいつがな・・・ふっふっふ
ではまた次回、アディユー!」



以上!
皆さんの作品投下も増えて嬉しい限りです。私も負けない作品を掛けるよう頑張りたいです。
ではまたノシ

67 :
乙です
亜美ちゃん被りなんで、投下はもう少し間あけますね

68 :
まってました。GJ
しかし連日の投下、すごいなあ、まるで全盛期のようだ

69 :
作品終了した時期を考えるとすごいですよね。
私は入院した時、たまたま買って読み始めてたらはまったというパターンなので、
残念ながら全盛期知らないけど

70 :
>>66
長編GJです。今後にも期待してます
>>67
YOU投下しちゃいなYO
>>69
>>1のまとめスレにほぼ全作品あるので好きなキャラの読むと幸せになれるかも

71 :
>>66さん
とちドラきてたー!毎回楽しみにしております。
原作の雰囲気を損なわず、且つオリジナルな展開に先が気になります。
次回もお待ちしておりますっ。
>>67さん
焦らしプレイは嫌いではないです。
でも投下はいつでもいいんですよっ
>>69さん
このまま、また盛り上がってほしいですね

72 :
ここ数日の勢いが凄い
感動的

73 :
んでは、お言葉に甘えて次ぎスレより投下させて頂きます
最初の投下の時、連続しすぎて規制を食らってしまったので
今後は小分けにして投下していきたいと思います

74 :
 ―――― 【03】

 鍵を開け、六畳二間のアパートの中に転がり込む。
 カーテンを閉ざしておいた部屋に明かりを取り込み、空気を入れ替える。現在借りてる
アパートは残念ながらペットの飼育が禁止の為、インコちゃんは泰子と共に爺ちゃんの家
で穏やかに暮らしている。先日、ちょっと体調を崩したが、現在は順調に回復に向かって
いる筈だ。
 背広をハンガーに掛け、ネクタイを外し、シャツの襟元を開けて座布団を枕にゴロリと
横になってしまう。休日だというのに疲れは取れるどころか、いつもの二倍増しだ。
 川嶋のマンションでカップルに逃げられた際、近くの公園のトイレに入り、一度身なり
を整えた。休日だからスーツをちゃんと着る必要は無かったのだが、この顔の為、着崩す
とあら不思議、立派なヤクザかチンピラの出来上がり。悪人顔増量中という事もあいまっ
て、明らかに周囲から人が離れて行くのだ、20%増しで。

 かなりの前の話だが、会社の先輩に風俗に連れて行かれそうになった時も、似たような
騒ぎを起こした事を思い出す。
 体育会系バリバリの先輩で悪い人ではないのだが、未経験者のヤツを見つけると風俗に
連れて行こうとする悪癖があった。この先輩には社内旅行で海外に行った時にも、色々と
引きずり回されて大変な目にあったのだが、これまでは俺の面構えからが童貞であるとは
思ってもいなかったらしく、運良く毒牙から逃れてこれた。
 しかし、同期の密告から俺がターゲットとなり、気が付けば風俗街のそういった店の前
に、タクシーで連れられこられたのだ。先輩は逃げようとする俺のネクタイを掴み、店の
中に引きずり込もうとした。
 もはやこれまでか、という所で救いの手を差し伸べてきたのは、意外な事にその風俗店
の店長だった。俺の顔の所為もあったのだろうが、先輩の体育会系然とした顔と体格も功
を奏した。
「も、申し訳ございません。当店は暴力団関係の方は、ご遠慮願っております」と、
 あきらかに怯えた声ではあるが、勇敢な店長の言葉に先輩もあっけにとられる。
 ナイスだ、店長! 俺はその隙を逃さず、ネクタイを解いて逃げ出した。ふっ、笑いた
ければ、笑うがいいさ……。
 結果から述べるならそれは大きな過ちだった。タダでさえ暴れてスーツを着崩していた
上に、ネクタイを外した俺が風俗街を全力で走ったのだ。タイミングの悪い事に、先程の
店の店員が警官を連れて戻ってくる所にも鉢合わせした。
 最終的には六人の警察官に追いかけらる大捕り物が発生し、家に帰り着いたのは朝方に
なってからだった。
 唯一の救いは、その騒ぎに懲りて、俺だけは先輩のターゲットリストからは外されたと
いう事実。ただし、会社で宴会などがある度に、歌舞伎町高須伝説などと呼ばれてネタに
される様になった訳だが……。


75 :
 あれだけ頑張って拒んだのに、こんな形で貞操を失うなんてな……。いや、川嶋に不満が
あるとか、そういう事ではなくて。ただ、川嶋に申し訳なかったんだ。
 記憶が無かった事が、良かったのか、悪かったのか……。
 今をもってしても、全然実感が沸かないのだ。これなら、記憶があった方が罪の重さを
自覚できるだけ、マシだったかなと思ってしまうのは、浅はかな考えだろうか。
 マンションを叩き出された時の、川嶋の怒りと悲しみを帯びた表情が、俺の網膜に焼き
付き浮かんでは消えていく……。
「なにやってんだ、俺は」
 とりあえずリセットして、一度日常生活に戻ろう。立ち上がり、米を研ぐ。夕飯の材料
は冷蔵庫の中の物だけで十分な筈だ。なにせ、昨日の料理の仕込みは、何日か前から自宅
でやっておいた物を川嶋の家に持って行き調理したのだ。その時に併せて買った食材も、
残っている。
 米が炊き上がるまでの間に汗を流そうと、脱衣所に入り違和感に気付く。シャツを脱い
だ瞬間、鈍い痛みを感じたのだ。背中越しに鏡を見て、驚愕する。
「おう、こいつは……アレだよな……」
 背中の肩甲骨の辺り、そこに小さい五つの傷が左右両対称に残っていた。急速に腹の底
から震えの様な物が浮かび上がってくる。俺は口元に手をあて、震えを抑える。なんで、
こんな事だけで、顔が赤くなるんだ。
「実感が伴うって……、これって、そういう事なのか……?」
 すくい上げた冷水を顔に激しくを叩きつけ、湧き上がった顔の熱を冷却する。ニ、三度
繰り返すと、鏡に映った自分の表情も、常日頃のコワ顔に戻る。真っ赤になったヤクザ顔
なんて、冗談にもなりゃしない。
 俺だって健康的な成人男子だ。当然、そういった欲望がない訳ではない。人よりは多少、
禁欲的な面もあるが、こればかりは生い立ちや性格も影響してるのだから、仕方ないとは
思うし、別段恥ずべき事ではないだろう。ただ、友人に対して、そういう妄想を抱く事に
罪悪を抱いてしまうのだ。なんていうのだろうか、兄弟がいないから想像しか出来ないが、
姉妹の裸を見てしまった様な……。あいつはそんな可愛いタマじゃないが。
 いくぶん自分のアホさ加減に呆れてしまう。背中の傷痕ひとつでのぼせあがってしまう
なんて。だいたい、妄想じゃなくて実際にそういう事をしてしまった訳なんだよな。
 途端、思い起こされるのは今朝の衝撃的な映像。ベッドの上に横たわる、生まれたまま
の姿の川嶋亜美。春田ならご飯三杯どころか満願全席まで行けるだろう。
 再び目覚める男の生理現象に、再度、洗面所の蛇口を捻る。シャワーを浴びるためとは
いえ、今は全裸になってはいけない様な気がする。
 携帯の着信の示すランプが振動ともに部屋の中で明滅していたが、煩悩に駆られていた
俺はそれに気づく事が出来なかった。



76 :
 高須くんを追い出して、いくばくかの怒りが冷めてきた午後。あたしはリビングで気だ
るげに、転がっていたままだった。
 外出してショッピングにでも行こうかと思ったが、いまいち気分が乗らない。奈々子や
麻耶を今更呼び出すのもアレだし、奈々子に至っては、昨夜の事を色々と訊ねられるのは
確実なのでやめておく。メールの返信も、まだする気にはなれない。
 二日酔いによる頭痛はあらかた消えたけど、身体がだるくて何をする気も起きなかった。
外に出れば出たで、煩わしい事も多いので今日は一日家で閉じこもる事にした。
 ドラム型洗濯機によごれ物をあらかた突っ込んで、ソファでぐったりする。これで本日
のお仕事は終了〜。掃除やお料理は、今日はパス。
 家族や親戚の家で世話になっていた時と違って、今は全てを自分でやらないと、何もか
もが始まらない。これでも、ある程度は自分だけでやれる様になったのだ。食事も全てが
自炊という訳にはいかないが、簡単な料理なら作れる様になった。おばさん男の手ほどき
に寄るという所が、シャクな話だが。
 お気に入りのローズヒップティーに蜂蜜を少し垂らす、こうすると酸味が抑えられ飲み
やすくなる。これもあいつの受け売りだけど。
 一息ついて、あたしは昔の事に思いを馳せる……。

 大橋高校を卒業した後、他の友人達が大学へ進学する中、あたしも同様に大学への進学
を選択した。あたし達の中で進学しなかったのは、家業を継いだ春田くんだけだった。
 別段、勉強が好きだった訳でもないし、あえて学びたい事があった訳ではなかったが、
ある程度の学力があっても困る訳ではなかったし、芸能人であろうと知性は必要だ。亜美
ちゃん、お馬鹿キャラで売るつもりもなかったしね。
 まぁ、芸能活動をする上でも時間の融通が効きやすい大学生は、色々と都合が良かった
のよね。
 本音を言うと、友人である彼らとの関係を、完全に断ち切る事が怖かったんだと思う。
 学生と社会人とでは、やはり生活の範囲や時間の過ごし方が違いすぎた。特に芸能界と
いう、非日常的な業界に身を置くあたしとしては、気兼ねない友人達との日々や生活に、
未練を感じていたのも本当だ。
 昔のあたしなら、そんな事も考えずに芸能界に飛び込んだのだろうけど、大橋高校での
日々を得たあたしには、無理だった。高須くんとのわだかまりも残したままだったし。
 まあ、実際の所、推薦を貰える程度の学力を得る為に、高須くんや、祐作の力をかなり
借りる事になったのだが、今となってはその事自体も楽しい日々だったと思う。
 ちょっと、受験に対するコンプレックスもあったけど、それを取り除くいい機会にもな
ったしね。勉強する事を、初めて楽しいとも思えた。

 各々進んだ大学や学部は違ったが、基本都内であったので時間を合わせる事は難しくも
なく、あたし達の友情は途切れることなく続く事となった。
 入学年度の勧誘コンパに始まり、サークル活動、前期・後期の試験、夏休みに大学祭、
卒業試験に就職活動、そして卒業式。数え上げればいとまがないくらいの事を大学の垣根
を越え、皆で楽しんだ。


77 :
 新入生の勧誘コンパの席にお互いを誘い合ったりもした。あたしが参加すると、歓声が
上がって盛り上がるのは当然の如し。逆にあたしがみんなを、タイガーや麻耶、奈々子を
紹介した後に、オチとして最後に高須くんを紹介したりすると、マジでどん引きされたり
して……。その度に、あたし達は大笑いをしたもんだ。後で高須くんを慰めるのに時間が
掛かるのが難だったけど。
 サークル活動はあたし自身はノート目当てのダミーサークルにしか入らなかったけど、
タイガーのプロレス研(ガチ)や、高須くんがお料理サークルや清掃研とかよくわからな
い所に入って、なんだかんだ言いつつも色々と巻き込まれたりもした。サークル合宿で、
二泊三日の泊り込み清掃ってどういう事よ?
 大学同士をまたいで行われるイベントの類も、あたし達は熱心に参加した。
 大学対抗のソフトボール大会には実乃梨ちゃんの応援に為に、みんなでチアリーダーの
練習をして駆けつけた。男共の視線がうざかったけど、あたし達の応援の甲斐もあってか
実乃梨ちゃんの大学は見事優勝。
 そのほかにも、祐作が大学対抗交渉コンペティションの大会に参加し、おしくも優勝は
逃したものの準優勝という結果を得た(毒舌だったならば、あたしとタイガーのダントツ
で優勝が狙えたと思う)。
 学祭の時には、各大学の出店に何故かお好み焼き”弁財天国”なる屋台を出店して好評
を得てる高須くんが居るし、能登くんが学内ラジオでDJをやったのはいいけれど祐作に
乱入されるわ、あたしとタイガーがそれぞれの大学のミスコンで見事グランプリ。まっ、
当然といえば当然なんだけどね。
 試験関係は……、落第しない程度には頑張って勉強したわよ? うん。
 あたし自身は就職活動は関係なかったけど、質疑応答の面接官役を買って出たりして、
みんなの自己アピールの練習の相手もした。ごめん、マジで凹まないでよ、高須くん……。
 それに、ひとつ忘れる事が出来ない思い出も貰った。
 高校時代に行けなかった修学旅行のやり直しという事で、夏休みに沖縄にも行った事も
あった。あの時は、実乃梨ちゃんが暴走するわ、祐作が裸で走り回ろうとするわで、……
イヤなもの思い出しちゃった……。
 夜は夜でお酒が入ったまま、女子連中で恋バナ談義に突入、寝不足で次の日大変な事に
なったんだよね。みんな、彼氏なんて居なかったんだけどさ。



78 :
 ……別にポリシーとして恋人を作らなかったとかそういう訳ではない。
 大学や芸能界でも当然出逢いはあったし、寄って来る男性も星の数程居た。まぁ、亜美
ちゃん超、超、可愛いいしね。
 しかし、一、二度デートをする事はあっても、それ以上、深くお付き合いする様な事は
ほとんど無かった。
 この業界の男性は自分語りの好きなナルシストタイプが多すぎて、正直うんざりさせら
れていた。ある意味、あたしも同類なんだけどね。
 ちゃんと相手の事にも興味を持って、話しをしてくる男性も居るかと思えば、その日の
内に、『君の事がもっと知りたいんだ……』とか、いまどきナンパにそんな台詞使ってん
じゃねーよ! 女口説くのに時間も手間もかけないで、都合良くいくわけないっつーの。
 自分はスレているのだ。幼い頃から芸能界で色々な人を見てきたし、勘も働いた。下心
や目的を持って近づいてくる様な男は、直ぐに見分けられる様になったし、それらをソツ
なくあしらう為の外面とテクニックも身につけた。
 祐作にはその外面について散々非難もされたが、これはあたしが芸能界で身を守る為の
手段の一つなのだから、文句を言われても仕方ない。しかし、長年培った外面は、プライ
ベートに於いても剥がれる事のない鎧とかしてしまっていた。
 これであたしがもうちょい馬鹿な女だったのなら話は違ったかもしれないが、こちとら
筋金入りの臆病チワワ。ナンパの手口なんぞ百も承知の上、相手の心根なんて丸わかり。
本気でない相手に自分を安売りする気も、なびいたりする気も御座いません。
 それでいて、自分の本心を相手に伝える気はないのだ……。これじゃ、恋人なんて出来
るわけがない。
 ……結局、あいつ基準で比較してしまう自分が居るんだよね。いくら、美貌や要領が良
くったって、出会いまではどうにもならない。
「いつまでも、引きずったままなんだよね……」



79 :
今回の投下分は以上で終了です。
感想頂いたみなさま、ありがとうごさいました。

80 :
GJ
幸せになっておくれあーみん

81 :
GJです。
まだまだ足りない。
次が待ち遠しいです。

82 :
>>79
GJです。次回に期待してますね
というか100行く前に1/4消化とかなんで今活性化してるんだw

83 :
>>82
次スレ待ちが結構いたんだな
職人たちGJ!

84 :
もうそんな容量行ってるのかw
職人の皆様、ご苦労様です

85 :
書き手のみなさんGJ
>>82
言われて気づいたw
もう125KBww

86 :
いや
活性化してなくも、レス数が増えず容量ばかり消費していくのはいつものことだろう
お前らが雑談しないからだ

87 :
GJです,いやあ毎日ここチェックするのが楽しい

88 :
前回の文面の中に、誤字脱字等がありました、申し訳ございません
今回の話しの中で、一部のキャラがちょっと割を食う形になっております
申し訳ありませんが、気に触った方はNGIDして下さい
容量はの件はすいません、まだやっと1/4が終了といった所です

次スレから投下します


89 :

 あたしは今も、あの日の事が忘れられない。

 あれは、二月の十四日……。そう、バレンタインの日の放課後の出来事だった。あたし
はタイガーに無理やり、旧校舎の空き教室に呼び出されたのだ。
 その時点で、あたし達の関係は歪なものになっていたと思う。実乃梨ちゃんは云うに
及ばず、祐作も既に何かを知っていたっぽい。気付いてないのは高須くんと、大河だけ。
そして、その事を相手に伝えることもせず、知らないふり。
 気持ち悪いったら、ありゃしない。……なんて当時は思っていた。
 あたしはあたしで、ちょっと前に高須くんと衝突して、言わなくてもいい事をまたもや
告げてしまった後だった。それも致命的な、一撃。あたしは自分の心の一部を高須くんに
漏らしてしまったのだ。

「あたしが悩んでるときにも、傷ついてるときも、いっつも、いっつも気付いてくれなか
ったじゃん! あたしだって、あんたに大事にされたかった! そんな存在になりたかっ
た! でも、あんたは、いっつも、いっつも、あたしの事には気付いてくれなかった!」
「だったら余計な事言わないでよ! あんたなんか……っ! あんたとなんか、会わなか
ったらよかった……!」

 そもそも、絶交してた筈なんだけどね。
 結局、あたしも同じだったのだ。伝えるべきことを伝えずに、相手に都合よく理解して
貰いたがっている、ただのワガママな子供。でも、それは当然のこと。あたし達は大人で
は無いのだから。
 ただ、それ故に上手くいかない事が当たり前だとわかりはしなかった。無力で不器用な
子供である事を、失敗した事を、認める事が出来なかったのだ。
 そんな事は、今だからわかって言えるけど、当時のあたしには無理だったのよね……。
だから、あたしはやってしまった。失敗した事を認めず、誤魔化し、逃げ出す事を

 あたしのミスは二つ。
 ひとつは、自分が出来るから、誰もがそれをできると思った事。実際には、自分自身で
さえ上手く出来ていなかったというのにね。
 もうひとつは、傍観者の癖に当事者になろうとした事。
 今でも目を閉じれば生々しく浮かび上がってくる。夕陽の射し込む教室。そこに居たの
はみんなを呼び出したタイガーとあたし、高須くんと祐作に実乃梨ちゃんの5人。お世話
になった御礼に感謝のチョコをあげたい、なんて殊勝な事を言っていた。
 あたしは高須くんの顔を見る事も出来ず、彼を完全に無視する態度をとる事で、自分の
仮面をなんとか保っていた。


90 :
「北村くん、助けてくれてありがとう」
「えっ?」
 しかし、タイガーの言葉に、場の空気が凍りつく。
 タイガーを覗いた四人、高須くん、実乃梨ちゃん、祐作、あたし。その挙動が、一斉に
あやしくなる。高須くんはなにかを訴えるように実乃梨ちゃんを見つめ、実乃梨ちゃんは
タイガーを凝視している。祐作は高須くんと実乃梨ちゃんの二人を交互に見比べ、様子を
うかがっている。
 あたしは彼らを順繰りにながめ、聞き取った会話の断片から、なんとなく事態の片鱗を
察する事ができた。既に高須くんも気付いていたという事なのか……、大河の気持ちに。
 雪山でタイガーが助けられた時、意識の朦朧としていた彼女は、自分の想い知られてし
まったのだろう。どういう形でかはわからないけど、高須くんに。
 しかし、その事実は高須くんと祐作の二人だけの、秘密だったらしい。
 この事実はあたしにとっても衝撃だった。だって、あたしもつい先日、同じ様に自分の
心の内を……、全てではないけど彼に告げてしまったのだから。全ての糸が繋がっていく、
誰もが望まない形で。
 ここ最近の高須くんの挙動がおかしかったのは、タイガーの想いを知ってしまったから
にちがいない。あたしは彼を見ていたから、それが分かる。でも、なんで? タイガーが
高須くんに想いを抱き、高須くんもタイガーの事を想って……、いる……筈だ。彼がひと
言、自分の想いをタイガーに告げれば、この歪な人間関係に、とりあえずは決着がつく。
 タイガーが実乃梨ちゃんの為に、自分の気持ちを押ししているのはわかる、あたしも
似た様な物だから。しかし、実乃梨ちゃんがそれを受け入れるとは、到底思えない。高須
くんだって、それは分かっているだろう。
 ハッピーエンドのルートが見えているのに、高須くんはそれを選択しない。

「もしも聞かれていたならもう破滅、とても生きてはいけないみたいな……、とっても、
とってもやばいこと!」
 タイガーの独白は終わることなく続く。どんだけドジっ娘なのよ、アンタ。
「なんてね! ……え、えへへ……聞かれてないよね?」
「ああ、聞こえてないとも! な、高須!」
「誰にもきこえてねえ、大丈夫だ!」
 高須くんと祐作がとっさに口裏を合わせようと画策するが、その企みは実乃梨ちゃんに
の手によって砕かれる。
「う、そ、つ、き!」
 右手で大河の手首を掴んだまま、かえす左手で拳を作り、
「聞こえてなかった、で、済ませる気?」
 高須竜児の胸を……、心臓を狙って殴りつけた。
 実乃梨ちゃんの弾劾はとどまる事を知らない。高須くんの顔色は蒼白だ。
 あたしは心の底の冷えた部分で、この茶番を眺めていた。
 この場で嘘をついていないヤツなんて、誰もいないじゃない。あたしも実乃梨ちゃんも
ふくめてね。彼女の怒りは何処からやってくるのだろうか? タイガーへの友情? 高須
くんへの欺瞞? あたしには正直、理解が出来ない。そして、この瞬間にいたってさえ、
あたしは部外者扱いだ。結局、誰もあたしの言う事なんて本気で受け止めてくれないし、
いつだって蚊帳の外。
「ていうか、あーみんには関係ねーから。首突っ込んでくれなくていいから」
 修学旅行の雪山で、実乃梨ちゃんに言われた一言が、あたしの胸に突き刺さる。あの時
はあたしも何も言い返さずにうやむやにその場を収めたが、やっぱりなという失望を得た
のが本当の所。彼女の興味はタイガーと高須くんにしかない。
 ぶっちゃけ、実乃梨ちゃんにはバレてるかもしれないという、気もしないでもなかった
から、あたしの気持ちに。あたしが、高須くんを好きになり始めているという事に。最悪、
その事実を指摘される覚悟まで持って、ケンカ吹っかけたんだけどね……。
 だって実乃梨ちゃん、アンタだって高須くんの事好きじゃん。彼女はまだ自分の内側を
誰にもさらけ出していない。それでいて、タイガーや高須くんにはそれを求めている。

91 :
 遅ればせながらやっとの事、自体の推移に気付いたタイガーは、取り乱して逃走を図ろ
うとするが、実乃梨ちゃんはそれを許さない。
 ただ、ひとつ、あたしの興味は高須くんが今のこの状況の中で、何を感じ、どういった
答えを出すのかだけ。その結果、あたしは輪の外側で背を向け、ひとりぼっちで涙を流す
事になるんだろうと、半ば確信している。
「どうしてだよ大河! どうして一言が……たった一言が、素直に言えないんだよ!?」
 どーしてだろーね、実乃梨ちゃん。あたしは教室の机に腰掛けたまま動かない。介入す
る気も、毛頭ない。
「こっち見てよ大河! 私を見て! 私は実乃梨だよ! あんたの親友! 私が好きって
言ったよね! なら、私を信じてよ! 私の選択を信じてよ!」
「やだっ! やだやだやだやだっ――――!」
「私は大河を信じるよ! 欲しいものを欲しがれない弱さを、私の所為にする奴じゃない
って、あんたの事信じてる! それとも、あんたはそういう奴だったの!?」
「私はただ、みのりんが幸せになるように! 大好きなみのりんが、幸せに……」
「ふざっっっ……けんなっ!」
「私の幸せは、私の自身の手で掴み取る! 私には何が幸せか、私以外の誰にも決めさせ
ね――――――っ!」
 無我夢中で実乃梨ちゃんの腕を振り払ったタイガーは、唯一残された扉から廊下に走り
逃げて行く。最後の瞬間、タイガーを捕らえ損ねた実乃梨ちゃんは、立ち上がり、
「……高須くん。私は大河を追うよ。まだ話はおわっちゃいないからね。君はどうする」

「……なんだよ、それ」
「えっ?」
 高須くんは、ひとり窓際に向き、あたし達に背を向けていた。ボソリと呟いたその一言
が、彼の口から出た言葉だと理解するのに、あたしはしばしの時間を要してしまった。
「『自分の幸せを、自分以外の誰にも決めさせない』って言うお前が、なんで他人の気持
ちを勝手に決め付けるんだよ……」
「高須くん……」
「自分一人そらとぼけた態度をとる奴が、なんの権利で他人の気持ちに踏み込むんだ?」
 あたしの心臓の鼓動は、早鐘を打つように早くなっていく。胸の息苦しさに、大河に続
いて逃げ出したくなるが、そんな心と裏腹に、高須くんの姿から視線を外す事さえ出来ず
にいる。
 彼は頭を垂れたまま、腹の底から淡々と血を吐き出すような努力で言葉を紡ぐ。
「最初から、俺の気持ちは関係なかったって事か……」
「高須……」


92 :
 高須くんはあたし達の誰とも視線を交わすことなく、ひとりゆっくりと教室を出ていっ
てしまった。
 後には、誰一人言葉を発する者のいない空間が、静寂と共に残された。夕焼け色の空が
宵闇に覆われ、教室の中にも夜の帳が下りてくる。
 あたしは何も感じていない様な振りをしていたが、実際は両の手の震えを誰にも悟られ
ない様にする事だけに、全神経を集中させていた。口の中がカラカラに乾いて、息をする
のも辛かった事だけは異様に覚えている。
 あの時の、高須くんの表情が今もあたしの心の中に、毒を持ったトゲのように刺さって
いる。あたしには彼が、涙を流していた様に見えたのだ……。
「どうやら、俺達はやらかしてしまった様だな……」
 高須くんが去った教室で、やっとのこと静寂を壊す事に成功した祐作がうなだれながら、
ひとりごちる様につぶやいた。
「櫛枝、高須はお前の事が好きだったんだろう? 逢坂から聞いた話だが」
 実乃梨ちゃんは答えない。答えられないのかしれない。あたしは一刻も早く、この部屋
から立ち去りたい衝動に駆られていたが、無言の静寂さに音を立てる事さえはばかられ、
足は動き出せずにいた。
「俺は高須の親友だから、こう思ってしまうのかもしれないが……、許してくれ。ふたり
の為にはこうした方がいい。そんなふうに俺達は分かったつもりになっていたが、それは
本当に良い事だったのか? 逢坂が報われるためになら、高須の気持ちが二の次になって
いい訳がないよな? それは逢坂と高須の問題で、俺達が介入していい事ではなかった筈
だ。あいつらから相談を受けたならまだしもな」
 その言葉は、あたしの心臓にも突き刺さる。勘弁してよ、トゲだけでもにそうだって
のに……。
 実乃梨ちゃんは祐作の言葉が届いていないのか、まるで亡霊の様に立ち尽くしていた。
 タイガーは高須くんに思い焦がれているのは、スキー場の件もふくめて間違いない筈。
実乃梨ちゃんの追求の言葉に、白磁みたいに真っ白だった肌が薔薇色に染まる様は、女の
あたしが見ていても愛らしい姿だった。
「櫛枝、お前はもっと逢坂と話し合うべきだったんじゃないのか? 親友なんだろう? 
俺にしても、もっとしっかりと高須と話し合うべきだった。今となってはせん無い事だが
……。親友失格だな」
 祐作のメガネはレンズの光が反射して、その表情をうかがい知る事は出来なかったが、
視線の先には櫛枝実乃梨が映っていた様な気がする。
 それは、有体に言えば断罪、
「俺達がしようとしてた事は、単なる自分の理想の押し付けだったんじゃないか?」
 その問いに答えられた者は、誰も居なかった……。
 単純な事なのかもしれない。櫛枝実乃梨には自分よりも、高須竜児よりも、逢坂大河が
一番大事な優先事項だったのだ。それだけの話。しかし、その想いは二人の間で交わされ
る事はなかった。今この時まで。
 そして、逢坂大河にとっては自分よりも、櫛枝実乃梨と高須竜児が同じ位、大事な存在
だったのだ。
「これで失恋大名人も廃業だ」
 最後に冗談を入れて、場の空気を和ませようとでもしたのだろうが、見事に空ぶった。
笑えねーっつうの……。
 高須竜児という人間は、あたしが思っていた以上に繊細な少年だったのだろう……。
 結局、その後、高須くんが大河の所へ行ったのか、何かを話したかも、あたし達が知る
事はなかった。そして、その日を境に高須くんは、あたし達の輪の中から外れていった。
 あたし達の人間関係はあたしの望んだようにリセットされる事となった。ただし、誰も
望まない形で……。まるで、粉々に砕け散ったタイガーの星の様に。高須くん、タイガー、
実乃梨ちゃん、祐作、あたし。全員がそこにいるのに、誰も同じ世界に存在していない。
 クラスの空気はあきらかに変質し、そのわだかまりは、学期末寸前まで解消される事は
なかった。

93 :

 三年生への進学を前に、あたしは転校するかどうかの選択を迫られていた。
 正直、このまま何もかも忘れて仕事の中に埋没していければ、どれだけ楽だろうかと、
思わなくも無かったが、後味の悪さがそれを躊躇させていた。
 午前中からどんよりとした雲が空を覆い、放課後を待つ間もなく冷たくしっとりとした
小雨が降り始め、そこら中に陰鬱な空気を湿気と共にはびこらせていた。体育館からは、
運動部の人達の練習をする掛け声が、校内にまで響いてくる。雨の日だというのに、ホン
ト熱心な事だ。女子ソフトボール部だったかもしれない。
 あれからあたし達は離れていった高須くんを横目に、お互いに距離をとってクラスの中
で息をすように日々を送っていた。あたしは言うに及ばず祐作と実乃梨ちゃんもお互い
に特に関わる事も無く……。あえていうならば、高須くんとタイガーだけが以前ほどでは
ないにしろ、微妙な距離感の元……ある意味、普通のクラスメートに対するような態度で
日常を過ごしている。
 あたしはその日、独身……。恋ヶ窪先生からの呼び出しを喰らって、ブツブツと文句を
言いながら時間が立つのを、ただひたすら待っていた。
 呼び出しの理由は進路調査表の提出を既に何回も無視して、放置していたから。仕事が
忙しいとか、なんだかんだと、とぼけていたのだが痺れを切らした先生は、とうとう親に
連絡を入れたのだ。結果、あたしは先生が指定した時間まで、自販機の間に挟まり時間を
潰すことに。
 シュガーレスの紅茶を啜り、湿気の所為で広がり気味な髪を気にしながら、憂鬱な気分
に浸っていたあたしは、予告もなく唐突に現れた高須くんに話しかけられて仰天する。
 あの出来事があって以来、高須くんとはここで会うような事もなくなっていた。だから、
高須くんが普通に何の屈託もなく話しかけてきた事に、あたしは何の反応も返す事が出来
なかった。
「よう、川嶋。相変わらず挟まってんのか」
「は、はいっ?!」
 噴出しかけた紅茶を、なんとか慌てて飲み下す。
「……なあ、絶交ってまだ有効なのか?」
 あっけにとられて見上げるあたしに、彼はそう言って尋ねてきた。
 高須くんがその日以降、どうしてあたし達の所に戻ってきたのかは今もってわからない。
あたしは、ただその事実だけを受け入れた。帰ってきてくれたという、事実だけで他には
何もいらなかったから。
 だから、あたし達はもうあんな事は繰り返すまいと、自分の気持ちに枷をかけて過ごす
事を決めたのだ。たとえ、多少歪な関係であろうとも、友達でなくなるよりはマシだから
……。
 待ちぼうけした恋ヶ窪先生が痺れを切らし、校内放送であたしの名前を呼び出す迄の間、
あたしはそこに座り呆けて、間抜けな顔を高須くんに晒す事となる。

 自動販売機の隙間から外を見上げると、重苦しく立ち籠めていた曇天は何時の間にか光
が差し込み、雲の間から晴れ間を覗かせていた。



94 :
今回の投下分は以上で終了です。
では、また後ほど〜

95 :
少し間違ったらこんなルートもあるんだな
IFをやりやすい作品だな、とらドラ!は
>>94
GJ

96 :
GJ
この場面、原作もアニメもキャラクタの動きに違和感を感じる部分だったから
これは自然な流れに感じたわ

97 :
このままの展開で節々にエロシーンが挟み込まれたら最高だなあ。

98 :
>>96
北村とあーみんは竜児に協力してたのに自然な流れはねえよ

99 :
>>98
>>96は原作とアニメのあのシーンの描写は不自然だ、
>>94のSSの描写なら納得できた、
って言ってるんじゃないの?

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